日産自動車社内では、特に若手社員を中心に失望の澱んだ空気が広がっている。“ゴーンチルドレン”の西川廣人前社長兼CEO(最高経営責任者)を追い落として、社長の椅子を手にした内田誠専務執行役員(53)の評は“ミニ・西川”。取締役会での西川解任には諸説あるが、「日商岩井(現双日)出身の内田氏がルノーにすり寄り、西川切りの多数派工作を仕掛けた。外国人取締役と井原慶子(社外取締役)をまとめて、西川氏を追い落とした」(経産省関係者)が、ここへきて説得力を持ってきた。
フランスのメディアは10月8日、内田氏の社長昇格人事を速報。仏フィガロは<ルノーが高く評価する人物>と伝えた。COO(最高執行責任者)に三菱自動車のアシュワニ・グプタCOO(49)が就く人事にも触れ<2人の任命は、悪化したルノーとの提携関係を修復し、再出発させたい意向の表れだ>と報じた。
ルノーのジャンドミニク・スナール会長が日産の社長兼CEOに推したのは、グプタ氏だったが、ナンバー2のCOOのポストを射止めた。一方、内田氏は日産・ルノーのアライアンスを深く理解し、<ルノーが高く評価する人物>(フィガロ)。事実上、日産のナンバー1・2をルノーが押さえたことになりはしないか。
副COO職を新設して関潤専務執行役員(58)が滑り込んだが、仏経済誌シャランジュ(電子版)によると<西川路線を踏襲して日本や日産を擁護する「国粋主義者」だと警戒。ジャンドミニク・スナール会長周辺は関を排除し、「オープンな人物を任命すること」が最優先課題だと語った>としていた。
「関氏では西川体制と大きく変わらない」(日産幹部)というのは建て前にすぎない。人事で辣腕をふるうことで知られるスナール会長に、日産側が完全に押さえ込まれたということではないのか。「CO-COO」ではなく「副COO」というところがミソである。ルノーというよりスナール氏が、今回の日産のトップ人事で圧勝したと言ったら言い過ぎか。
指名委員会委員長で社外取締役の豊田正和氏は次のように述べる。
「内田氏は難しい時期のリーダーにふさわしい。困難を乗り越えて世界をリードする自動車会社になるには、多様性のあるリーダーシップを発揮することが望ましい。日本人の内田氏を、インド出身のグプタ氏、技術畑出身の関氏で支える体制が一番いいということで合意した」
これはひとつの事実ではあるが、もう一歩掘り下げれば、スナール氏の圧勝ということだ。豊田氏のリーダーシップはどの局面で、どのように発揮されたのであろうか。10月8日の取締役会で全会一致で一連の人事は決まったが、ルノー側が異議を唱えない限り、全会一致となる。
火中の栗を拾った内田新社長
10月9日付日本経済新聞は内田氏を紹介する記事で<「感情が見えにくい」との声もあり、ある元日産幹部は「その点では西川廣人前社長に似ている」と評する>と、やや遠慮気味に書いているが、日産の若手幹部はこう語る。
「内田氏は西川に負けず劣らず社内で人望がない。内田氏がトップになれば技術屋のキーマンの多くは日産を辞める。人望だけでいったら関のほうがましだ」
西川氏が解任され、同氏を追い落とした内田氏が“ミニ・西川”だとすれば、日産のトップの器はどんどん小さくなる。日産の構造的悲劇である。
「2020年3月期決算で赤字に転落する懸念がある」(外資系証券会社の自動車担当アナリスト)
ルノーが日産を救済し、ゴーン氏が日産に乗り込んできた時以来の危機的状況にある日産を“内田トライアングル体制”で建て直すことができるのであろうか。なぜ外部から大物のトップを招請しなかったのだろう。意中の人が引き受けてくれなかったのかもしれない。
2020年1月1日付で3人はそれぞれのポストに就任する予定だが、それまでにまだひと山もふた山もある。次の関門は、2019年9月期の決算だろう。本当に利益が出るのだろうか。ゴーン圧政下、北米市場で値引きが常態化した日産車のブランドはかなり毀損している。「安売り車・日産」のブランドイメージを修復して利益を上げる体制に持っていくのには、かなり時間がかかる。昨年末から前年割れを続ける国内販売も回復のメドが立たない。北米を凌ぐ主力市場となった中国では、他社と同じく乗用車の販売が失速している。
火中の栗を拾った内田新社長は、よりルノーにすり寄ることでしか、光明を見いだすことができないのかもしれない。そうなることは、次の日産の悲劇と重なる。
菅原一秀経産相は日商岩井の出身で、菅義偉官房長官に極めて近い。日商岩井出身者の菅原経産相と内田氏は点と線でどう結びついているのであろうか。内田新体制を占ううえで重要なファクターの一つだ。
(文=有森隆/ジャーナリスト)