サントリーホールディングス(HD)は2016年4月に新経営体制がスタートする。創業一族の御曹司で飲料子会社サントリー食品インターナショナル社長の鳥井信宏氏が経営中枢に入る。3月下旬に開催される株主総会を経て代表権のある副社長に就任する予定で、中長期戦略を担当するほか酒類や飲料などの国内事業を統括する。これによりサントリーHDは、会長の佐治信忠氏、社長の新浪剛史氏、副社長の信宏氏のトロイカ体制に移行することになる。
サントリーHD(創業時は寿屋)は故鳥井信治郎氏が創業した。信宏氏は鳥井家の4代目に当たる。信治郎氏の長男吉太郎氏(元寿屋副社長)が若くして亡くなったため、養子に出ていた故佐治敬三氏が2代目社長になり、ビール事業に参入。同社を総合飲料メーカーに育て上げた。
会長の信忠氏は敬三氏の長男で、信宏氏の父・信一郎氏とは従兄弟に当たる。「ポスト信忠」は信宏氏と見られていたが、信忠氏は14年に“プロ経営者”の新浪氏を招聘。新浪氏はローソン会長から、創業家以外で初めてサントリーHDの社長に就いた。
信宏氏がサントリーHDの副社長に就く人事は、「ポスト新浪」の布石であることはいうまでもない。数年後には、“大政奉還”されることになるとの見方が強い。
キリン、アサヒに大差をつけて国内トップに
新浪氏に与えられたミッションは、「20年に売上高4兆円」(信忠氏)を達成することだ。
15年12月期の連結決算の売上高は、前期比8%増の2兆6500億円、純利益は30%増の500億円の見込み。キリンHDの15年同期の売上高は、横ばいの2兆2000億円、最終損益は、買収したブラジルキリン(旧スキンカリオール)の減損損失が響き560億円の赤字に転落する。アサヒグループHDの15年12月期の売上高は4%増の1兆8000億円、純利益は8%増の750億円の見込みだ。
サントリーHDは14年、1兆6000億円を投じて米蒸留酒大手ビーム(現ビームサントリー)を買収し、海外事業が拡大した。海外の売り上げ増が寄与して、キリンHD、アサヒグループHDに売り上げで大差をつけ、飲料業界のトップに立った。
2.6兆円の売上高を5年間で4兆円に引き上げる。その切り札として、信忠氏は海外での大型M&A(合併・買収)を考えているようだが、新浪氏は果たしてどう動くのか。
有利子負債とのれん・商標権の重圧
新浪氏は1月12日付日本経済新聞の新春インタビューで、M&Aについて次のように語っている。
「大型買収を継続的に進めるDNAがサントリーに組み込まれているかといえば、そうではない。今後、買収をしないとは言わないが、今やるべきことは買収後のインテグレーションだ。まず、そのノウハウを蓄積しないと(いけない)」
インテグレーションとは統合、まとめるという意味だ。海外企業を買収しても、文化の違いを超えるのに時間がかかる。M&Aはひとまず一服。買収した企業との人材交流を進め、グループとして一体化を進めるということだ。
過去3年間に大きなM&Aが2件あった。14年に、「ジムビーム」ブランドの米ビームを1兆6000億円で買収した。蒸留酒(スピリッツ)市場では「ジョニーウォーカー」の英ディアジオ、「シーバスリーガル」の仏ペルノ・リカールに次ぐ世界3位になった。
国内では15年に、サントリー食品インターナショナルが日本たばこ産業(JT)の飲料自動販売機事業を1500億円で買収した。
相次ぐ大型買収で有利子負債とのれん・商標権が膨れ上がり、15年9月末時点で社債・長短借入金の有利子負債は2兆1121億円、のれん・商標権は2兆4466億円に達した。大型の企業買収を行えば、のれん代の償却負担が業績に大きな影を落とす。サントリーHDの15年12月期の業績予想では、のれん等償却前の純利益は1080億円。のれん代等償却後には500億円に半減する。
ブランド、事業の売却を進める
新浪氏は膨らんだ有利子負債を圧縮するために、ブランドの選択と集中を進めている。昨年8月、仏コニャク製造子会社ルイ・ロワイエを売却。今年2月には、ビームサントリーHDがスペインで販売するブランデーなど4つのブランドを手放す。
また、昨年10月には中国2位の青島ビールと折半出資していた合弁事業を解消すると発表した。16年春をめどに青島側に全株式を譲渡するという。
1981年、日本勢としていち早く中国でビール事業に進出。独自ブランド「三得利(サントリー)」は上海で3割のトップシェアを誇るまでになった。だが、中国最大手の華潤雪花ビールとの価格競争に敗れ、中国事業は赤字に転落した。
そこで13年から青島ビールとの合弁に切り替えたが、赤字から脱することができず、中国のビール事業から撤退することを決断した。
撤退の背景には、世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インべブ(ABI、ベルギー)が世界2位の英SABミラーの買収で合意したことがある。新浪氏は先の日経新聞のインタビューで「標準的なビールの世界ゲームは終わったなと思った」と語っている。
ABIは中国で3位、SABは華潤雪花に49%を出資している。中国市場で、ABI=SAB連合の寡占化が進むのは間違いない。そうなると、もはや勝負にはならない。これが中国から撤退する理由だろう。
今後サントリーHDのビール事業は、国内のプレミアム商品に特化すると見られる。
創業家の副社長就任は、セブンとの関係修復が狙いか
信宏氏は酒類や飲料などの国内事業を統括する。亀裂が生じたセブン&アイHDとの関係の修復を図るための人事と関係者は受け止めている。
両社の関係が悪化したのは、14年にローソン元会長の新浪氏がサントリーHD社長に就任してからだ。新浪氏が就任の挨拶にセブン&アイHD会長の鈴木敏文氏を訪れようとしたところ、面会を拒絶された。新浪氏は単にライバルチェーンのトップだっただけでなく、鈴木氏の経営手法を徹底的に批判し、セブン-イレブン・ジャパンに対抗してきたからだ。
セブン&アイHDとサントリーHDは14年からプライベートブランド商品を共同開発し、缶コーヒー「ワールドセブンブレンド」や高級ビール「金のビール」を投入してきた。
ところが、新浪氏が社長に就任して1年後、セブン&アイHDはサントリーHDをPB商品開発の相手から外し、缶コーヒーは日本コカ・コーラ、缶ビールはキリンビールとタッグを組んだ。「流通王」の異名をとる鈴木氏が、自分に盾突く者には容赦しないことを強烈に見せつけた“事件”として食品業界に衝撃を与えた。
コンビニエンスストアのガリバー、セブンの影響力は大きい。鈴木氏に機嫌を直してもらうために、創業家の信宏氏の出番となったわけだ。
プロ経営者と創業家のM&Aをめぐる温度差
新浪氏と信忠氏の間の温度差が顕著になっている。信忠氏は米ビームの買収を完了した14年5月、「20年に売上高4兆円」の目標を掲げた。内訳は食品・飲料事業のサントリー食品インターナショナルで2兆円、ビール・ワイン・健康食品で1兆円、買収したビームの蒸留酒事業で1兆円である。
信忠氏は「M&Aで売上高を獲得するのは必然」と語った。次の大型のM&Aを進めるために新浪氏をスカウトしたのである。ところが、新浪氏は新年のインタビューで語っているように、これ以上のM&Aには慎重だ。1月15日、日本外国特派員協会での記者会見でも同様の姿勢を示した。
信宏氏は副社長として中長期戦略を担う。信宏氏が主導してM&A路線に戻り、売上高4兆円の達成を目指すことになる。
新浪氏のサントリーHDでの経営・権力基盤は狭まってきた。「プロ経営者」は、今後どのような手を打とうとしているのだろうか。
(文=編集部)