昨年、年末も迫る12月25日に日産自動車は、関潤副最高執行責任者(COO)の辞任・退社を発表した。正式な承認は2月18日の臨時株主総会。12月1日に発足した内田誠CEO、アシュワニ・グプタCOO、関副COOの3人が率いる日産のトロイカ新体制は、1カ月を待たずに修正を迫られることになった。
経産省は、関氏の後任を是が非でも“国内派(日産守旧派)”から選ぶように指名委員長の豊田正和社外取締役に指示を出すだろうが、人選は容易ではない。それを示すかのように、日産は坂本秀行執行役副社長を関氏辞任による欠員を埋める取締役候補とすると発表したが、副COO職は当面空席のままである。
辞任した西川廣人前社長の後継者として、関氏が本命であったといわれており、経産省出身で指名委員長の豊田氏も関氏を推していたとされる。しかし、報酬不正問題で辞任した西川体制からのイメージ刷新を重要視する指名委員の支持を得られず、国際派でルノーとの関係も良好な日商岩井出身の内田氏がCEOに就任することで落ち着いた。ここで、経産省のシナリオに狂いが出た。ルノー出身のグプタ氏ではなく内田氏が社長に就任したのは、経産省のできる限りの抵抗があったのだろう。そもそも、日産元代表取締役のグレッグ・ケリー氏の暴露記事で西川氏が社長辞任に追い込まれたのが、経産省のシナリオの狂いの始まりである。
日産の大株主はルノーであるため、内田社長の選出は妥協案として、グプタ氏がナンバー2、関氏がナンバー3に就いたというのは、ルノーと日産のパワーバランスを正確に反映したものである。「日産は日本の会社であるべき」とした経産省のシナリオは、国策という名のもとでビジネスより官僚の思惑が優越するという思いあがりである。経産省と政治家の関与に関しては、年末にレバノンに逃亡したゴーン氏も今月8日の会見で言及している。
リストラ策の執行と競争力のある新型車の投入を担当していた日産守旧派で生産現場に強く、現場再建のキーマンと目されていた関氏の辞任は、日産再建にネガティブに働く可能性が高い。ルノーと日産の経営統合をめぐる交渉において、ルノー有利に働くであろう。
経産省のシナリオ、手詰まりに
日産は、西川体制崩壊後ルノー側との駆け引きで後手に回っていたが、関氏副COOの下で日産再建を成功させてルノーに対する交渉力を強めて、日産を再び純粋な日本の会社にするのが経産省の目論見であった。しかし、CEOでもCOOでもなく副COOになった時点で日産での将来のないことを知った関氏には、時間がなかった。つまり、霞が関と永田町の悠長な時間稼ぎと既成事実をつくるシナリオは、ビジネスパーソンには通用しなかった。関氏は今回の転出について、「(日本電産の)永守重信会長が語った情熱と夢に賛同して転職を決めた」と述べているが、副COOに決まった時点ですでに転職を模索していたのではないか。
トヨタ自動車にとって国内市場は依然として世界市場展開の上で重要な位置を占めているが、日産は車のデザインや資源配分からわかるとおり、もはや日本市場を重視していない。グローバルなオペレーションのなかで、日本は生産と部品供給のベースのひとつでしかないといえよう。収益性の高い高級ブランドであるインフィニティは日本生産であり、オペレーション上でも重要な位置を占めるが、欧州市場は撤退を決定し、米国市場でも成功しているとはいいがたく、現在は中国市場の開拓に注力している。中国市場が拡大軌道に乗れば、インフィニティの生産拠点は中国に移行されるであろう。今後、日産の国内生産が増加していくとは考えにくい。
以上より、業績回復によって日産のパワーを強めることでルノーとの交渉力を強めるという経産省のシナリオは、関氏の転出で手詰まり状態となったといえる。
ルノーグループ+PSAグループ=フランス連合?
一方、ルノー側を見てみると、昨年ルノーに合併を打診したFCAが、同じフランスのPSAとの対等合併を昨年12月に正式発表した。この合併で生産台数は800万台になり、独フォルクスワーゲン(VW)、ルノー・日産・三菱連合、トヨタに次ぐ第4位となる。PSAは2017年に米ゼネラルモーターズ(GM)から独オペルを買収し、欧州市場ではVWに次いで第2位の位置にあるが、グローバルに見れば決して順調とはいえない。
PSAは05年にトヨタと合弁会社トヨタ・プジョー・シトロエン・オートモービル・チェコを設立したが、18年にこの合弁を解消している。また、12年にPSAの増資の際にGMが7%の株主となったが、翌13年にGMはこれをPadmapriya Automobile Investment Groupに売却している。
FCAとPSAは“負け組”ともいわれており、FCAのジープとピックアップ(RAM)以外はブランドが重複し、その整理も難しく、かつ合併にあたって工場の整理は行わないとしており、さらに対等合併ということもあり、この2社の合併を疑問視する声もある。しかし、CASEなどの次世代技術開発投資を考えると、企業規模拡大は意味をもつ。合併の成否はPSAを復活に導いたカルロス・タバレスCEO(合併会社でもCEO就任の予定)の手腕にかかっているといえよう。
フランス政府はPSAの株式の13.68%を保有している(中国の東風汽車と創業家も同率の株式を保有している)ので、当然この合併を歓迎している。合併後の本社はFCA同様にオランダに置かれる予定だが、筆頭株主であるフランス政府としては、その影響力を行使できると考えているだろう。
フランス政府はルノーの筆頭株主でもあり、ルノー・日産・三菱連合とPSA合わせて年間販売台数2000万台規模の自動車会社を影響下に置くこととなる。これは、世界第1位のVWの約2倍であり、フランス政府が歓迎するのは当然といえよう。ルノーのスナール会長は19年10月に臨時取締役会を開き、ゴーン氏の側近であったボロレCEOの解任を決め、デルボス最高財務責任者(CFO)を暫定CEOに任命し、ルノーでのゴーン色を弱めてフランス政府と歩調を合わせている。
歴史的には、国営のルノーと同族系であるPSAは不仲ではあるが、もし日産の業績が悪化しルノーとの交渉力がいっそう弱まると、いくら経産省が背後にあるとはいえ、日産はルノーに統合される可能性もある。そして日産を含むルノーグループとPSAグループを“フランス連合”に統合する考えを、フランス政府が抱いたとしても不思議ではない。
経産省が最後に期待するのは、首相官邸の介入であろうか。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)