会長兼社長が巨額の役員報酬を得ていたことで一躍有名になった、ユーシンの2015年11月期の定時株主総会が2月26日に開催された。
知る人ぞ知る地味な老舗自動車部品メーカー・ユーシンを一躍有名企業にしたのは、昨年4月3日に信用調査機関・東京商工リサーチが発表した「上場企業役員報酬1億円以上開示企業調査」である。
10年3月期から、上場会社は役員報酬の総額開示と、1億円以上の報酬を得た役員の個別開示が義務付けられた。東京商工リサーチは、有価証券報告書に記載されるこの開示情報を集計して、ランキングを定期的に公表しているのだが、昨年は4月3日を皮切りに、3月決算企業の有価証券報告書が出そろう7月上旬まで合計10回にわたって公表した。
4月3日時点でユーシンの田邊耕二会長兼社長が14億500万円もの報酬で堂々歴代トップになった。しかも、それまで歴代トップだったカシオ計算機の樫尾俊雄前会長の13億3300万円を抜いてのトップだったため、当然のことながら「ユーシンとは一体どういう会社なんだ」と注目を集めることになった。
巨額の役員報酬を容認した株主たち
ところが、ユーシンの14年11月期決算は4億3300万円の最終赤字。田邊氏がこんな巨額の報酬を取らなければ黒字だった。田邊氏は、いわゆるオーナーではない。保有株数は発行済み株式総数の0.88%でしかないのに、11年11月期は1億3600万円、12年11月期は4億6500万円、13年11月期は8億3400万円、そして14年11月期には14億500万円へと、毎年受取報酬額を大きく伸ばしてのランキングトップを獲得。この間、会社の業績はお世辞にも好調とはいえない状態が続いていた。
最終的に7月13日公表分では、44億円の退職金を受け取ったオリックスの宮内義彦会長が総額54億7000万円でトップとなり、田邊氏は4位に後退したが、それでも2位は三共の創業者・毒島秀行会長、3位はソフトバンクグループのロナルド・フィッシャー取締役。売上高と利益の規模も、ユーシンとはケタ違いの大きさだ。田邊氏がこれだけの報酬を受け取れるのは、それを株主が容認しているからにほかならない。
ユーシンは2年ごとに役員報酬の総額を総会決議で枠取りしておき、その範囲内での役員間の配分は取締役会に一任するかたちになっている。14年11月期の役員報酬総額は社内取締役9人合計で約16億円。12年11月期の総会で取った30億円の枠内に収まっているし、実際に16億円もの役員報酬が支払われたために会社が最終赤字になったことは、14年11月期の総会招集通知を見れば一目瞭然だ。
それでも昨年の株主総会では、取締役8人の選任議案が難なく可決されている。議決権行使率は総数の77.5%で、田邊氏の再任に対する賛成率は88.65%だったが、岡部哉慧専務が97.44%、それ以外の6人は99%超という高水準だ。
それでは今年はどうなのか。今年は2年に1度の役員報酬総額の枠取り年。今年の総会招集通知には役員報酬総額が記載されており、その額は8人分で10億9600万円。昨年から5億円ほど減っているとはいえ、15年11月期の純利益が2億2600万円であることからすれば相変わらず巨額だ。過去の実績からすると、田邊氏の取り分は9億円前後と推定することは可能だったし、実際、総会後に提出された有価証券報告書に記載された額は8億8200万円だった。
しかも今年は闘う個人投資家・山口三尊氏が同社株を取得して参戦。役員報酬総額の枠を30億円から5億円に減額する議案や、昨年田邊氏が受け取った報酬の一部返還を求める議案など、合計4つの議案を提出していた。だが、フタを開けてみれば、会社側が提出した5つの議案はすべて可決され、山口氏が提出した4つの議案はすべて否決された。山は動かなかったのだ。
膨大な未集計分が発生
もっとも、総会の10日後の3月7日に提出された、議決権の行使情況を記載した臨時報告書は、興味深い結果を示している。
まず、議決権行使率は80%台に上昇し、田邊氏の取締役再任議案への賛成率は、前年からさらに下がって80.67%にとどまった。他の10人の取締役候補者も辛うじて90%台に届いたのは4人だけ。残る5人は84~85%程度で、前年の99%から大きく後退している。
興味深いのは役員報酬の枠取り議案である4号議案である。枠自体は30億円のまま据え置き、社外取締役の取り分を5000万円以内に抑えるという4号議案が、67.09%の賛成票しかとれなかった。監査役の選任議案(5号議案)でも賛成率は74.13%にとどまっている。
一方、山口氏が提案した4つの議案のうち、役員報酬総額を5億円以内に収めるという6号議案が獲得した賛成票は15.37%。有価証券報告書を総会前に出せるようにする定款変更議案(9号議案)にも14.34%が賛同しているが、田邊氏の次女・田邊世都子取締役解任議案(7号議案)は5.92%しか賛成票を得られず、田邊氏に前年に受け取った報酬の一部返還を求めた8号議案も4.51%しか賛同を得られていない。
気になるのは、未集計分の多さだ。一般に株主総会での議決権行使情況を記載した臨時報告書には、議案ごとに賛成、反対、棄権、無効の議決権個数、それに賛成率が記載される。それぞれの個数は、総会前までに書面で議決権行使をした株主の分を集計したものが記載され、総会当日、総会に出席した株主の分は集計対象外という扱いを受ける。
というのも、総会は議決権総数の3分の1の出席で成立する。可決に必要な票数は議案によって異なるが、役員の選任は過半数、定款変更は3分の2以上。以上の要件が書面分だけでクリアされていると、総会に出席した株主の票はカウントを省略できるからだ。
ただ、賛成率の計算上は、総会出席者が持つ議決権数はカウントして分母の権利行使数に加えるが、賛成か反対か棄権かについては集計をしない、つまり分子に加えず未集計分という扱いになる。
このため、賛成票を賛成率で割って算出した議決権行使数と、賛成、反対、棄権の合計数値は一致せず、その差額である未集計分は、一般的には総会出席者の議決権個数と概ね一致し、行使議決権総数の1%前後に収まることが多い。
ところが、今年のユーシンについては、この差額が1号議案から3号議案までは1万7000個以上あり、4号、5号議案では差額が4万3000個を超え、6号~9号議案でも3万9000個前後。これは行使議決権総数の7%~18%弱に当たる。
この膨大な未集計分がなぜ発生したのかについて、ユーシンに問い合わせたが、「証券代行の信託銀行が出してきた集計結果をそのまま公表したにすぎず、原因分析はしていないしできる立場にもない」(同社IR担当)という。
可能性として考えられるのは、ある程度まとまった議決権数を持つ株主が、書面での議決権行使をせずに総会に出席したため、議決権行使数にはカウントされながら、賛成、反対、棄権の集計対象にはならなかったというケースだ。その“ある程度まとまった議決権数”が、4号、5号議案に反対し、6号~9号議案に賛成していたのに集計されずじまいだったと仮定すると、
4号議案の反対比率は13.3%から32.8%
5号議案の反対比率は6.2%から25.8%
6号議案の賛成比率は15.3%から33.2%
7号議案の賛成比率は5.92%から23.7%
8号議案の賛成比率は4.51%から22.3%
9号議案の賛成比率は14.34%から32.1%
にそれぞれ上昇する。
結果として山は動かなかったが、動く兆しが見えたかもしれない総会だったとは言えるのかもしれない。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)