動画共有サービスのYouTubeや、サブスクリプション型の映像配信サービスであるNetflixやHulu、Amazon Prime Videoなど、インターネットでの映像配信が隆盛を誇る昨今。その一方で地上波の“テレビ離れ”が進んでいると囁かれているが、J:COMなどのテーブルテレビ業界でも“テレビ離れ”は進んでいるのだろうか。
ケーブルテレビ局は全国各地に存在しているが、国内最大手のJ:COMは11社・71局のケーブルテレビ局を傘下に擁している。同業界の総事業売上が約1兆2000億円規模と目されているなか、運営会社ジュピターテレコムの2018年度の営業収益は約7565億円で、業界全体の6割以上を占めているという。また、総務省の発表によると18年1月現在の日本の総世帯数は約5801万世帯となっており、そのうちJ:COMのサービス加入世帯は約547万世帯(2018年12月末現在のJ:COM発表のデータ)となっているそうだ。
ケーブルテレビはかつて、地上波のテレビ番組では放送されないような過激な番組や、マニアックな趣向の番組を放送するチャンネルが視聴できることがセールスポイントであった。だが、映像配信サービスの普及によって、誰もが手軽に自分の見たい動画を視聴できる現在では、ケーブルテレビ業界は地上波のテレビ業界以上にその先行きが不透明のように思えてしまう。
そこで、テレビ業界に詳しいフリージャーナリストの西田宗千佳氏に、現在のケーブルテレビ業界の状況と今後の生存戦略について話を聞いた。すると、一般人にはあまり知られていない、意外な事実が明らかになったのである。
ネット配信はライバルではない?
競合関係にあると語られることが多い、ケーブルテレビの多チャンネル放送とインターネットの映像配信サービス。実際のところはどうなのだろうか。
「ケーブルテレビはユーザーが自発的に契約するだけでなく、マンションとの契約などの住環境の関係で加入することも多いです。そのため、あらかじめセットになっていて、地上波のテレビ番組やほかのチャンネルを視聴するのにはお得だったため、ケーブルテレビと契約するというケースもありました。
しかし、映像配信サービスが普及した現在では、自分が見たい番組を視聴するのであれば、ケーブルテレビの有料チャンネルよりも、有料の映像配信サービスにお金を払ったほうがいいと考える方が多くなっています。
それに加え、サッカーやプロ野球の試合の放送など、これまで衛星放送が中心だった番組が、インターネットでの映像配信に軸足を移している事情があるため、映像配信サービスを使い始めて、結果的にケーブルテレビを解約するという人が増えているのです」(西田氏)
一見すると、ケーブルテレビの利用者が映像配信サービスに流出してしまっているように思える。しかし、両者は単純な競合関係にあるわけではないという。
「ケーブルテレビと映像配信サービスは競合関係ともいえますが、正確にいえばケーブルテレビと映像配信サービスが利用者を奪い合っているのではないのです。これまでケーブルテレビを利用していなかった人たちが、映像配信サービスを使うようになったというケースのほうが圧倒的に多いためです。
例えば、ケーブルテレビの利用は世帯別なので、子どもがケーブルテレビの有料チャンネルに加入したいと思っても入れないケースがあります。そういった、興味があっても自分のお金で契約しているわけではない人や、ケーブルテレビ自体に興味がなかった人が、個々人のデバイスで手軽に視聴できることから、映像配信サービスに加入しているのです。
そもそも、ケーブルテレビへの加入自体ハードルが高く、最大手のJ:COMでも500万世帯台までしか伸びませんでした。要するに、ケーブルテレビの利用者が映像配信サービスに切り替えたのではなく、ケーブルテレビが開拓できなかった市場を映像配信サービスが開拓したと考えたほうが、業界の情勢として正しい見方でしょう」(同)
激化していく携帯電話会社との競争
19年9月4日、J:COMとNetflixの業務提携が発表され、競合同士が手を組んだと話題になった。またJ:COMが19年12月に提供開始したJ:COM LINKではNetflix、DAZN、TVerなどを自宅のテレビで楽しめるようになっているという。
ケーブルテレビと映像配信サービスが“加入者を奪い合う競合関係”と考えると驚きだろうが、単純な競合関係にあるわけではないと知っていた西田氏にとっては納得の展開だったそうだ。
「J:COMがNetflixと提携し、Netflixをテレビで視聴できるプランを用意するというのは、海外のケーブルテレビで類似のケースも多くあったので当然の流れだと感じました。
J:COMに限らず、ケーブルテレビ事業者が一番やりたいことは、ケーブルを介して出ていくお金を自分たちの会社にまとめてもらうことです。多チャンネル放送は、家庭に引いたケーブルのうえで提供できる数あるサービスのひとつにすぎません。ですから、ケーブルテレビがケーブルのうえで提供するサービスとして、Netflixを視聴できるようにするというのはまったく問題ありませんし、非常に正しい戦略といえるでしょう」(同)
映像配信サービスの隆盛は、実はケーブルテレビ会社にとってはマイナスではないということのようだ。では、ケーブルテレビの本当の意味での競争相手とは何になるのだろうか。
「ケーブルテレビはインターネット接続を提供する、いわばネットインフラの事業者でもあります。そして、マンションごとに契約するといったこともあるので、ケーブルテレビ会社同士の競争もほとんどありません。そのため、ケーブルテレビ会社の競合相手は同じくインフラを提供する立場にある、NTT(ドコモ)やKDDI(au)といった通信事業者になるわけです。
単身者は、たとえマンションでケーブルテレビが引ける環境にあっても、スマートフォンのテザリング機能や、モバイルWi-Fiルーターでインターネットに接続するというケースが多いです。5Gが開始されればそういった傾向が加速し、ケーブルテレビから携帯電話会社のサービスなどに乗り換えられる可能性がより高くなります。
ですので、今後ケーブルテレビ会社は地域との結びつきが強いなどの利点を活かし、住環境を豊かにするサービスを提供することで、通信回線としての価値を高めていく戦略を採っていくのではないかと考えられます」(同)
通信インフラの発達によって、その役割を変えてきたケーブルテレビ。来たる5G時代で、どのような変化を遂げていくのか注目される。
(文=佐久間翔大/A4studio)