4月1日、「NHKプラス」が本格スタートした。「NHKの地上波放送のテレビ番組をインターネットでも同時受信できるだけでなく、それらの番組を放送終了から1週間、いつでも視聴できる点がサービスの目玉」というのがNHK広報の公式見解である。
アプリでもウェブブラウザでも、どちらでも利用できるが、スクランブルこそかかっていないものの、利用者登録をして利用することが大前提。NHKプラスは、受信料を支払っている一般家庭向けに追加サービスを無料で提供するものだからだ。
地上波放送と同時配信されている番組は、利用者登録をしなくても観られると言えば観られるが、利用者登録を促す文字が画面全体の4分の1程度のスペースに表示される。
NHKがインターネット放送を開始すると、テレビを持たずスマホだけを所有している世帯も受信料徴収のターゲットになるのではないか、といった懸念もあったが、とりあえずその心配はなくなった。
というのも、当のNHKが「ネット配信は放送ではない」という見解を明確に打ち出したからだ。従って、引き続き「テレビなし+ワンセグ機能なしのスマホあり」の個人も、「テレビなし、PCあり」の事業者も、受信料を支払う義務は発生しない。
「払わなければ強制執行」を明記した文書を投函
NHKの受信料をめぐる訴訟は多数あるが、中でも注目を集めたのは、NHKが東横インに対し、ホテルの各部屋に設置されているテレビ1台ごとに受信料の支払いを求めた事案、ワンセグ付き携帯電話も受信契約の対象とされた訴訟、それにカーナビも受信契約の対象とされた訴訟だ。
いずれもNHKの主張を認める最高裁判決が出ており、とりわけ2017年12月6日付の最高裁判決が、受信契約を強制することは契約の自由を侵害するとして、放送法が憲法違反であるという男性の主張を退けた。
以降、NHKは受信料徴収を加速。17年度の支払い率は初めて80%を超えた。NHKが受信契約をしていない住戸に投函している封書には「受信料Q&A」なるパンフレットが封入されており、そこには3つのQと3つのAが記載されている。
1つめのQは「私ひとりが受信料を払わないと、だれが困るの?」。2つめが「受信料の支払いは法律で決まっているの?」。そして、3つめが「ずっと払わないとどうなるの?」である。
1つめのQに対するAは「NHKは受信料で成り立っている公共放送だから、私ひとりくらいという人が増えると成り立たなくなる」。
2つめのQに対するAは「放送法第64条第1項において、協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならないと定められています」。
3つめのQに対するAは「ご理解が得られない場合、やむを得ず、法的手続きによりご契約、お支払いをいただく活動を進めています」だ。
そこには、誰もが疑問に思っている、なぜNHKだけが税金のごとく国民から受信料を強制徴収する権利が法律で保証されているのか、についての説明は一言も記されていない。
私1人くらいという人が増えると公共放送が成り立たなくなる、と言うだけで、成り立たなくてけっこうじゃないかと考える人の疑問にこたえる姿勢は見受けられない。
自ら政治介入を招きかねないNHKの問題行為
NHKの受信料は、放送というサービスの対価ではない。戦前の大日本帝国はNHKを政府のプロパガンダ機関と位置づけていたので、戦前のNHKは「国営放送」として、終戦まで大本営発表の虚偽の戦況と軍部礼賛の報道で国民を欺き続けた。
その反省から、国家権力からも資本家からも独立した組織として誕生したのが戦後のNHKであり、国家権力からも資本家からも独立した組織を維持するために、国民に負担を求めるというのが受信料制度にほかならない。
その前提に立てば、国家権力からの独立を維持する報道機関が必要であることを国民に説き、自ら国家権力からの独立性を維持しているということを実行して見せ、それによって国民から理解を得るべきなのであって、「法律で決まっているから払え、払わなければ強制執行」と言って国民を脅し、取り立てるような性格のものではないはずなのだ。
NHKはかねてから国会で予算報告をする前に、自民党に事前説明を行っている。自ら政治介入を招きかねない問題行為だが、これを始めたのは1964年に会長に就任した、朝日新聞社出身の前田義徳氏。時の首相・佐藤栄作氏と昵懇だった人物だ。
その後も歴代の会長は外部招聘、内部昇格のいずれも自民党との結びつきが深い人物が多い。とりわけ2014年1月から3年間会長を務めた籾井勝人氏は、「政府が右と言っているのに我々が左と言うわけにはいかない」と独立性を真っ向から否定、NHKの存在意義をトップ自ら否定する「名言」を残している。
つまりは、「報道の独立性を維持するためにがんばりますから、国民のみなさま、何卒ご助力を」という本来の主旨を前面に出したのでは、到底国民の理解を得られるはずもないことを、NHK自身が自覚しているということだろう。
毎年1000億円余っても受信料徴収を強化
NHKは、これが上場会社なら真っ先にアクティビストの標的になるほどのキャッシュリッチぶりだ。受信料の取り立てに年間800億円を使い、民放各社がうらやむほど贅沢に番組制作費を使い、職員に平均1000万円もの高額の給与を支払ってもなお、毎年1000億円前後余る。余ったお金は、国債など安全な有価証券の取得に充てている。
この結果、直近の19年3月末時点で、1兆2000億円の総資産のうち、現預金と国債などの有価証券を合計した金融資産が6500億円と、全体の54%を占めるに至った。
6500億円の金融資産の中には、渋谷の放送センターの建て替え用に確保している1700億円の有価証券も含まれている。NHKは、余資の積み立てを「将来必要な設備投資のため」などと説明しているが、渋谷の放送センターの建て替えを借金もすることなく実施できるだけの積み立ては、18年3月期に完了している。
毎年1000億円もお金が余ってきたのに、昨年10月に実施した受信料の実質値下げはたった2%。今年10月からの追加値下げも、わずか2.5%でしかない。最高裁判決と公平性をタテに、なおも強硬な徴収姿勢を崩さないNHK。もはや、誰もNHKの際限のない自己増殖を止めることはできないのだろうか。
受信料はサービスの対価ではないにもかかわらず、NHKプラスでサービスの向上をうたう。これによって、受信料が「強制的に受けさせられるサービスの対価」だという勘違いを国民に植え付けることになりかねない。
NHKが「配信も放送」と言い出す可能性は?
さらに、受信料を使って過去にNHKが制作した番組の映像素材を利用しようとすれば、個人といえども容赦なく高額の対価を請求される。25年以内の比較的新しい映像素材でも、一番安い学術利用で1分10万円、41年以上前のものだと倍以上に跳ね上がる。
国民が払った受信料で制作したコンテンツを国民自身が利用するのに、なぜ高額の対価を請求するのか。しかも、高額の対価を得ているのはNHK本体ではなく、傘下の株式会社、つまり営利法人であるNHKエンタープライズである。同社以外にも、NHKの傘下には無数の株式会社が存在する。
今は「ネット配信は放送ではない」と言っているが、「テレビなし、ワンセグ機能なしのスマホあり」世帯が増加していったとき、NHKが解釈を変更する可能性はあるのだろうか。
変更しようとした場合、最大の難関となるのは法人の扱いだ。法人が持つPCやスマホも受信契約の対象にするとなれば、財界が黙っていない。さすがに、個人と法人で扱いを変えるための理論構築はかなりハードルが高い。NHKの際限のない増殖を止めるのは、「テレビなし、ワンセグ機能なしのスマホあり」世帯の増加しかないのかもしれない。
(文=伊藤歩/金融ジャーナリスト)