「アースミュージック&エコロジー」などを展開するカジュアル衣料大手のストライプインターナショナル(岡山市、非上場)は3月6日、石川康晴社長(49)が辞任した。同氏は、女性社員らへのセクハラ行為があったとして、同社から厳重注意処分を受けていた。辞任の理由は「世間を騒がしているため」としている。
同日の臨時取締役会で石川氏から辞任の申し出があり、承認された。後任には立花隆央専務(48)が昇格した。石川氏は19年3月から内閣府の男女共同参画会議の議員を務めているが、こちらも3月9日に辞任した。 創業者である石川氏は、株式の40%を保有し、オーナーの立場は変わらない。
3月5日付朝日新聞は「服飾大手社長がセクハラ」と報じた。非上場会社である同社の社長のセクハラが大きく取り上げられたのは、石川氏が安倍首相の肝煎りでつくられた内閣府男女共同参画会議議員という“公人”であったためだろう。朝日記事によれば、「(石川社長が)複数の女性社員やスタッフへのセクハラ行為をしたとして、2018年12月に同社で臨時査問会が開かれ、厳重注意を受けていたことが分かった」「査問会では、石川氏のセクハラ行為として、15年8月~18年5月にあった4件が報告された」という。
会社側は「セクハラは事実無根」と反論
石川氏は辞任に先立って、3月5日付で以下のコメント発表している。
<当社臨時査問会が開催されましたが、私、代表取締役社長石川康晴に関してセクシュアル・ハラスメントの事実は認められませんでした。しかしながら、セクシュアル・ハラスメントと誤解を受ける行為や距離の取り方等について、厳重注意を受けました。私としては、このことを真摯に受け止めて反省し、今後適正な業務執行に努める所存です>
セクハラ疑惑が最初に指摘されたのは、2018年12月13日に行われた同社臨時査問委員会の席上だ。査問会に参加したのは社外取締役3人、社外監査役2人、顧問弁護士1人、石川社長、取締役、疑義を提起した当時の取締役。しかし、被害者の聞き取りは行われなかった。コーポレートガバナンス(企業統治)の強化の役割を担う社外取締役は、石川社長の説明責任を厳しく追及したのだろうか。社外取締役には有名な経済人が名を連ねていた。
三越伊勢丹ホールディングス(HD)前社長の大西洋氏、ソニーの元最高経営責任者(CEO)の出井伸之氏、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を退官し、資生堂の元副社長を務めた岩田喜美枝氏の3人だ。株式上場に向け、外部の厳しい目でオーナー企業特有の問題点をあぶり出すはずだった。
上場企業で、経営トップによる“セクハラ事件”が起きたら、社外取締役は即、解任を求めるだろう。米国では、2018年にインテルのブライアン・クルザニッチCEOが社内恋愛をしていたことで辞任。マクドナルドのスティーブ・イースターブルックCEOが従業員と不適切な関係を持ったことで19年に解任された。
ストライプインターナショナルの社外取締役は、一連のセクハラ疑惑に厳しい処分を下す立場であったが、厳重注意でお茶を濁した。同社が未上場会社で、創業者の石川社長を解任したら、会社が成り立たなくなることを懸念したのだろうか。ガバナンスの強化の指南役として招かれた社外取締役の役割を十全に果たしたとはいえない。岩田氏は19年4月、社外取締役を辞任している。大甘な判定に忸怩たる思いがあったのかもしれない。出井氏と大西氏は、社外取締役を続けている。査問会議から3カ月後の19年3月、石川氏は内閣府の男女共同参画会議の議員に就任した。
宮崎あおいのCMで大ブレイク
石川氏は1994年6月、23歳の時に郷里の岡山市内に4坪のレディスセレクトショップを開業した。翌年、クロスカンパニーを設立。その後、東京に進出して業容を拡大した。
大躍進したのは2010年3月にオンエアされた、女性向けブランド「アースミュージック&エコロジー」のCMだった。映像では、女優の宮崎あおいがロックバンド「ザ・ブルーハーツ」(1995年に解散)の名曲「1001のバイオリン」を大声で歌う。歌がうまいかどうかで賛否両論が巻き起こった。おっとりした雰囲気の宮崎が大声で歌うミスマッチが強烈なインパクトを与え、ブランドの認知度を高めた。この曲は着うた配信サイトのレコチョクで、CM放映直後からダウンロードが急増、ついにトップになった。クロスカンパニーを取り上げる記事には「宮崎あおいさんのCMで有名な」の一文が頭についた。これで全国区の女性向けブランドになった。
日本を代表する起業家に選ばれる
石川氏は起業家の“グランプリ”を総なめした。12年7月、企業家ネットワーク主催の「年間優秀企業家賞」において、「第14回チャレンジャー賞」を受賞した。審査委員長は日本電産社長の永守重信氏、審査委員はファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏、エイチ・アイ・エス会長の澤田秀雄氏など錚々たる起業家たちだ。アパレル業界のニューリーダーとしての活動が評価された。
13年11月、モナコ公国モンテカルロで開催される世界大会「EYワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」の日本代表に選ばれた。革新性、成長性、国際性といった観点から、日本を代表する起業家を選出する。審査委員長の椎名武雄氏(日本IBM元社長)は「これから世界の大きな市場に向かっていく企業であり、勢いを感じた」ことを、石川氏を選出した理由に挙げた。石川氏は「10年かけて世界一となり、売上高2兆円を目指してがんばりたい」と抱負を語っていた。石川氏が最も輝いていた黄金時代だった。
ブラック企業、業界賞を受賞
クロスカンパニーは2013年、「ブラック企業大賞」にノミネートされ、「業界賞」を受賞した。ノミネートの理由は、大卒入社1年目の女性社員が極度の過労、ストレスにより09年10月に死亡し、11年2月にそれが立川労働基準監督署によって労働災害に認定されるに至ったことが記されている。
この女性は、大学を卒業した年の09年4月にクロスカンパニーに入社、同年9月に都内の店舗責任者(店長)に任命された。店長に就任以来、日々の販売のほかに、勤務シフト・販売促進プランの入力、レイアウト変更、メールによる売り上げ日報・報告書の作成、本社のある岡山での会議出席などに追われた。スタッフが欠勤連絡のために、深夜0時や早朝5時に携帯電話で送ってくるメールにも自宅で対応しなければならなかった。勤務シフトは通常3~5人で組まれていたが、相次いで3人が退職した後も会社は人員を補充しなかった。
売り上げ目標に対する上司からの追及は厳しく、マネージャーから店長に「売り上げ未達成なのによく帰れるわねぇ」という内容のメールが送られてきた。この女性のノートには、本社のある岡山の会議で「売り上げがとれなければ給料も休みも与えない」旨の指示があったことが記されていた。
この女性は、働いても働いても目標が達成できないので、09年9月には売り上げを上げるために自分で計5万円以上も自社商品を購入した。彼女の9月の時間外労働は、少なくとも111時間以上だった。09年10月に亡くなった。
社員を酷使し、過労死を招いた事件が、その後の経営に暗い影を落とした。ブラック企業の烙印を捺された3年後の16年にストライプインターナショナルに社名を変更した。社名のクロスカンパニーが「クロ=黒=ブラック」を暗示するのを気にしたようだ。しかし、業界からは「ブラック企業がヨコシマ=ストライプ企業になっただけではないか」と揶揄された。
過剰在庫が経営を圧迫か
石川氏が悲願としてきた株式上場は足踏みを続けている。ソニー元CEOの出井氏や三越伊勢丹HDの大西氏を社外取締役に招くなど、上場に備えた体制を整えてきた。
しかし、業績がついていかなかった。18年1月期には決算公告で初めて損益決算を公開した。それによると、単体の売上高は919億円、営業損益は15億円の赤字、最終損益は14億円の赤字という惨憺たるものだった。グループ売上高1330億円、226店を新規出店し、期末店舗数は1456店という出店効果は、まったく出ていない。19年1月期の売上高は914億円、営業損益は3億円の黒字、最終損益は16億円の黒字に転換した。有価証券売却益24億円で黒字を捻出するヤリクリ決算だ。
黒字にならないのは、過剰在庫を減らすために値引きセールに走ったためだ。石川社長は「20年1月期は430億円の過剰在庫を削減した」とメディアに語っている。在庫の評価損を計上したのだろうか。どんな決算になるのだろうか。4月下旬とみられている20年1月期決算の決算公告が待たれる。もし過剰在庫を抱えているのなら、コロナウイルス禍で先行きは一層厳しいものになり、上場も難しくなる。
女性用カジュアル衣料ブランド、マジェスティックレゴンを展開するシティーヒル(大阪市、非上場)は3月16日、大阪地裁に民事再生法の適用を申請した。新型コロナウイルスの感染拡大で集客の不振が続き、2月以降の売り上げが落ち込み資金繰りで行き詰まった。負債は46億3595万円。全国に直営店100店舗以上を展開。ピーク時の16年2月期に売上高は143億円に達していた。この数年は主要ブランドの人気が低迷し、業績不振が続いていた。海外では3月、故ダイアナ妃が愛用した英国のローラアシュレイが経営破綻した。
ストライプインターナショナル社にとっても対岸の火事ではない。
(文=編集部)