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コロナ禍で「ハンコを押す」行為が無意味だったと判明…今や本人証明の機能も果たさず

文・取材=後藤拓也/A4studio
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「Getty Images」より

 新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大を受け、数々の企業がリモートワークを取り入れようとしている今、いまだ日本企業の間に根強く残る“ハンコ文化”が、その大きな妨げとなっているようだ。

 事務処理を紙とハンコで行うのが慣習だったため、在宅勤務へスムーズに移行できないという企業は多い。そればかりか、リモートワークを導入したにもかかわらず、ハンコを押すために社員が毎週出社しなければならない企業もあるという。

 日本企業の生産性向上を阻んでいるともいわれているハンコ文化については、見直す動きも本格化してきているようだ。4月20日に行われた総務省の有識者会議では、企業の作成した電子書類が本物であることを証明する民間の認定制度「eシール」を、2022年度から運用し始めるという計画が示された。

 電子版の社印であるeシールが普及すれば、書類に社印を押し郵送するという従来のやり方に比べ、大幅に手間を省けるという。また、現在広まりつつあるリモートワークの定着に貢献するとも期待されているようだ。

 日本社会におけるデジタル化の遅れや、生産性の低さの象徴ともいえるハンコ文化をやめるには、何が必要なのだろうか。今回は、情報社会学が専門の武蔵大学社会学部教授で、行政やビジネスのデジタル化に詳しく「脱ハンコ」に積極的な庄司昌彦氏に取材し、ハンコ文化の欠点や、改革のために重要なポイントについて話を聞いた。

日本企業の体質が、ハンコ文化からの脱却を阻んでいる

 企業内でハンコは、申請や届出を本人が提出したことの証明や、稟議書・決裁書類を責任者が確認・承認したことの記録として利用されてきた。また、他社との契約時など、企業間のやり取りや行政手続きの場面でも用いられてきたわけだが、そんなハンコには、どのようなデメリットがあるのだろうか。

「ここのところ推奨されているリモートワークでは当然、隣の人にぱっと紙を手渡すことはできません。そうなると、紙にハンコを押さなければならないときのやり取りが、非常に大変です。ハンコが必要な人たちに、いちいち郵送で紙を回していたら時間も手間もかかってしまうので、結局は人を直接動かしたほうが早いということになります。会社へハンコを押しに行かなければならないという理由で外出し、新型コロナウイルスに感染するリスクを高めてしまっているのが、一番の問題でしょう。

 一方、事務処理を紙で行うと、それを保存しておくためのスペースがいるという別の問題もあります。また、かつてであれば、まったく同じハンコの印面は存在しないということから、ハンコがつくり出す印影が証明として機能していました。しかし現在では、デジタルで印影を偽造できてしまいます。

 それに、認め印として使われているハンコは、どこにでも売られている大量生産品であることも多く、他の人が代わりにハンコを押せてしまう可能性を否定できません。偽造やなりすましが行われてしまうリスクもありますし、ハンコの印影が、本当にその人が認めたという印にならなくなってきているということですね」(庄司氏)

 もちろん、電子サービスにも使いづらさや普及度といった別の課題はあるものの、紙やハンコの利用をやめてデジタル化を進めれば「時間の短縮、コスト削減、セキュリティの向上ができる」と庄司氏は語る。それならば、なぜハンコ文化は延々と続いているのだろうか。

「本質的な原因は、慣れ親しんだ仕事のやり方を変えにくいという企業文化・体質だと思います。紙やハンコの利用をなかなかやめられないのは、新しいやり方を取り入れたときに『何か不具合が起きたらどうしよう』という不安があるからではないでしょうか。やり方をいざ変えようとなったら、上司を説得しなければならなかったり、責任者は一つの決心を迫られたりすることになりますが、そういった取り組みを、私たち日本人は避けてしまう傾向にあります。

 ただし、これが企業内に限った話であれば、トップがしっかりと指示すればデジタルに移行できるはず。やはり、行政手続きや業界内でのやり取りで、書類にハンコを押させる文化がいまだに残ってしまっていることこそが、デジタル化を遅らせているのでしょう」(同)

ハンコによる証明のデジタル的な代替手段はいくらでもある

 とはいえ、ただ闇雲にデジタル化すればいいというわけでもないらしい。冒頭で触れたeシールのようなサービスにも、庄司氏は懐疑的な見方だ。

「最近では、手で押す実物のハンコに替え、電子的にハンコのマークを紙に押せるサービスも登場していますが、私個人としては、単純に置き換えるのはあまり望ましいものではないと考えています。ハンコを電子化するのではなく、“ハンコを押す”という手続き自体が本当に必要なのかを疑うべきですね。

 例えば、ある人が申請書を出したということを確認したいだけならば、その人が普段使っているメールアドレスから申請書が送られてきたという事実だけで、証明は済んでいるはずです。別にハンコが押されていなくても、ちゃんとメールが残ってさえいれば本人の意思を確認したことにするなど、この機会に今までの仕事のやり方をチェックし、プロセスを再構築することが求められるでしょう。

 また、意思決定する責任者の他に、中間管理職にも資料を見せて、その確認のためにハンコを押させるといった慣習もありますが、それも開封したことがわかる電子メールを利用したり、それこそ『見ました』と一言メールしてもらったりすれば済む話ですよね。確認や承認の証明を、ハンコではない違う手段で代替できないかと検討するのも、大事なことだと思います」(同)

 庄司氏はさらに、日本企業の多くが抱えている課題点について、こう指摘する。

「そもそも、権限が分散されていないというところが大問題です。下の人たちに仕事を任せたのであれば、任せたということでそのまま進行すればいいのに、やれ報告書だお伺いだと、あれこれ書類を書かせて回させるというのがよくない。権限の分散化や明確化のために、社内の誰と誰が仕事内容を知っていればいいのかということについて、見直していくのも大切なのではないでしょうか」(同)

 デメリットだらけのハンコ文化をやめるには、これまでのやり方に固執してしまいがちな、人々の意識を改めなければならないのだろう。感染症の流行によって環境が一変してしまったこの状況を、日本企業のみならず社会全体がハンコ文化から脱却するための、またとない機会にしたいところだ。

(文・取材=後藤拓也/A4studio)

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エーヨンスタジオ/WEB媒体(ニュースサイト)、雑誌媒体(週刊誌)を中心に、時事系、サブカル系、ビジネス系などのトピックの企画・編集・執筆を行う編集プロダクション。
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