「Getty Images」より
3月21日掲載の拙稿『新型コロナ“倒産”を防ぐ資金調達完全ガイド…「無借金経営=素晴らしい」は間違い』において、「企業価値算定、株価算定(バリュエーション)の方法については別途ご説明したい」と書きました。そこで今回は企業価値の算定方法、つまり「会社の値段」の決まり方についてわかりやすく解説したいと思います。
筆者は、興銀マン時代にはプロジェクトファイナンスや国際金融を10年以上担当、その後NTTドコモおよびベンチャー投資を行う子会社でも役員として投資先の評価を担当していましたので、かれこれ20年以上専門的に企業価値の算定業務を行ってきました。
・企業価値算定方法(Valuation<バリュエーション>)とは
算定する方法は大きくわけて5つほどあり、通常は複数の方式を併用して決めます。
1.純資産方式・時価純資産方式
貸借対照表、すなわちバランスシートを基に算定する方法で、純資産方式と時価純資産方式があります。コストアプローチとも呼ばれます。未上場の中小企業の買収等ではこの方式が最も多く使われていますが、不動産などの価値が大半を占めることもあります。
・純資産方式
たとえば土地などを資産として持っている会社の場合には、帳簿上は取得時の価格で計上しています。その後時間が経過している間に土地の価格が上昇している場合でも、帳簿上は取得時の価格のままです。
純資産方式とは、帳簿上の数字のままでバランスシートを作成し、その資産から負債を差し引いた純資産(資本)の金額を時価総額とします。
・時価純資産方式
現時点での保有資産を時価で再評価し、時価で評価したバランスシートを作成し、その資産から負債を差し引いた時価の純資産(資本)の金額を時価総額とします。なお、時価総額にさらに借入金・社債などの負債を加えたものが企業価値となります。
2.類似会社比較方式(Comparable Company Analysis)
類似会社比較方式は、事業内容や規模が類似している上場企業の財務データと株価との比率をもとに評価する方法で、マルチプル、あるいはマーケットアプローチともいわれます。
具体的には、株価が利益の何倍かを表わす指標であるPER(Price Earning Ratio:株価利益倍率)をもとに計算する方法が一般的です。各国の税制に左右されにくくするためにEBITDA(Earnings Before Interest, Tax, Depreciation and Amortization、利払前、税引前、償却前利益)を使用することもあります。この株価に発行済株式数をかけると時価総額となります。さらに借入金や社債などの負債金額を加えたものが企業価値となります。
3.類似案件(取引)比較方式(Comparable Transaction Analysis)
同業などの実際の事例を基に算出する方法です。通常は公開情報が少ないために参考として使用します。類似取引比較方式は類似会社の取引実例におけるPERなどの数値を基に計算する方法です。しかし、まったく同一の事業を行っている他社は存在しませんし、類似会社取引も個別の要因が反映されてしまっている可能性もあるため、あくまでも比較として算定するものであることに注意が必要です。
4.DCF法(Discounted Cash Flow)
大企業やIT企業などでもっとも一般的に採用される方式で、通常は5年間程度の事業が将来生み出すフリーキャッシュフローを予測して、それを期待収益率で現在価値に割り引いて算定する方式です。難しそうに見えますがExcelを使えば誰でも計算できます。本質価値(インカム)アプローチともいわれます。
現実には5年先の予測は難しいことから、楽観シナリオ、ベースシナリオ、悲観シナリオといった3つを作成することが一般的です。なおDCF法では前提となる割引率などの数字を変えれば大きく結果が変わることに注意が必要でしょう。
・フリー・キャッシュフロー(Free Cash Flow:FCF)
DCF法とは、あなたの会社が今後どのくらいのキャッシュを生み出すのかに基づいて会社の価値を決めるためのルールですが、通常フリーキャッシュフローという数字を使います。これは会社が営業活動で稼いだキャッシュから、現在の事業を維持するために投資しなくてはならない資金などを差し引いたもので、会社が自由に使える資金であることからフリーキャッシュフローと呼ばれています。注意が必要なのは、会計学上のキャッシュフロー計算書とは別の概念だということです。
FCFは、損益計算書における営業利益をベースとして実際には会社からキャッシュが出ていないのに損益計算書上は引かれてしまう項目や、逆にキャッシュが実際には出てしまっているのに損益計算書上は引かれていない項目なども修正して、求める必要があります。
わかりやすい例でご説明します。会計上、たとえば資産を購入すると減価償却を行います。
たとえば、200万円でクルマを購入した場合には、実際にはディーラーなどに200万円を支払いますから会社のキャッシュは減少します。しかし会計上はそのクルマは5年間使うのであれば5年間効用があるので費用に計上するのは1年分だけにする、という減価償却という考え方があります。
そこで、たとえば毎年40万円ずつ費用に計上しなさい、となった場合には、40万円だけが毎年費用として引かれることになります。すると利益はその分大きくなるわけです。実際には1年目にすでにキャッシュは200万円、会社の外に出てしまっています。実際のキャッシュと同じにするには、減価償却費分を修正しなければなりません。
このように損益計算書と実際のキャッシュの額の違いを修正するために、いくつかの項目を修正する必要があるのです。
・フリーキャッシュフローの計算式
FCF = 税引き後営業利益 + 減価償却費 - 正味運転資本増加額 - 設備投資
となります。ちょっと難しいですが、要するに「実際に会社が自由に使えるキャッシュの数字を損益計算書を基に算定する必要がある」と理解しておいていただければよいでしょう。DCF法における企業価値算定の手順としては、大きく分けて以下の3つのステップで行います。
(1)将来(5年程度)のフリーキャッシュフローを予測
(楽観・ベース・悲観シナリオ)
(2)割引率となるWACC(ワック)を算出
(3)フリーキャッシュフローをWACCで割引きして企業価値を算出する
順番にご説明します。まず、企業は通常、金融機関からの融資や社債権者から社債という負債(Debt:デット)と、株主からの増資や資本金などの自己資本で資金を調達します。企業は、それらの調達した資金を事業に投資することで利益を生み出し、負債の金利や元本を債権者に支払い、または返済し、株主には配当の支払いや株価を上昇させ、利益を生み出さなければなりません。
貸借対照表のバランスシート上の右側(貸方)は資金の調達を示しており、左側(借方)はその運用先を示しています。そして企業価値は債権者価値と株主価値に分けることができます。つまり、「企業価値=債権者価値 + 株主価値」です。そうすると、株主価値を発行済み株式総数で割ることによって、1株当たりの理論的な株価が計算できます。
DCF法では事業で生み出す将来キャッシュフローを基に企業価値を算定しますが、企業には余剰現金やゴルフ会員権など事業の収益を生み出すもの以外の価値もあります。つまり企業価値を算定する際には、事業価値をまず算定した上で、そうした非事業資産価値を加える必要があります。つまり「企業価値=事業価値+非事業資産価値」です。
・企業価値の算定方法
企業価値を算定するためには、キャッシュフローの予測数値を5年分作成したあとにそれらを現在価値に割り引きます。株主や債権者は、経営者がうまく経営することで彼らが銀行預金などに資金を振り向けるよりももっと儲かると期待しているのです。これが期待収益率といわれるものです
では、実際には期待収益率はどう算定されるのでしょうか? 答えは、「期待収益率はCAPM(キャップエム)という理論に基づいて計算される加重平均資本コスト(WACCワック)」になります。WACCとは負債資本コストと株主資本コストを有利子負債と株主資本の比率で加重平均したものです。
ちょっと難しく思えてしまいますが、要は「株主と債権者が期待する収益率」を株主資本の金額と借入などの負債金額の比率で加重平均する、ということです。したがって、借入がない企業であれば株主の期待収益率と同じになります。そして、予測したフリー・キャッシュフローをWACCで割り引いて企業価値を算定する、という流れになります。
・なぜ割り引くのか? 現在価値とは何か?
なぜキャッシュフローを割り引くのか。実は「時間とともにお金の価値は変化」しているのです。今のような低金利時代には実感しにくいのですが、以下の例でご説明します。
たとえば、あなたは今日100万円もらえるのと、1年後に101万円もらえるのとでは、どちらがよいでしょうか。多くの人は「来年なんてどうなるかわからないから、今日もらいたい」と思うのではないでしょうか。
では、1年後に110万円もらえるならば、どうでしょうか。ちょっと迷いますね。理論的には今日の100万円をすぐに預金すれば1年間で利息が付きますから、仮に預金金利が5%と仮定したら1年後には105万円になります。これが現在の100万円の1年後の将来価値です(現在の金利は低すぎるために、あえて5%と仮定しています)。
したがってこの場合は、1年後に110万円もらえるほうが得だということになります。ここで1年後の105万円の現在価値は100万円だと呼ぶのです。すなわち「現在価値とは、将来の価値をある割引率で割り引くことで算定されるもの」です。なおファイナンスでは「割引率」や「期待収益率」など類似の言葉が多く出てきますが、すべて同じ意味です。立場の違いから使い分けているだけです。
ここで、毎年100万円のキャッシュを生む会社があるとしましょう。そして、株主や債権者の期待収益率を仮に5%としましょう。すると1年後の100万円は1.05で割った値、約95.23万円が現在価値になります。2年後の100万円はさらに1.05で割ることになります。つまり1.05の二乗で100を割った90.7万円が現在価値になります。3年目は1.05の3乗で100万円を割った値になります。つまり、毎年生み出される100万円のキャッシュは1.05を複利で割った数字になります。
この割引率のことをDF(ディスカウントファクター)と呼びます。そして毎年のキャッシュフローをDFで割り引いてそれらを総合計すれば、将来生み出されるキャッシュの現在価値の合計がわかるはずです。つまり、将来生み出されるキャッシュフローの合計の現在価値が、今の会社の価値になると考えることができるのです。
まとめると、「企業価値を求めるためには株主や債権者が期待する何らかの利率で将来のキャッシュフローの合計を割り戻して現在価値を出す」のだということです。
フリーキャッシュフローとは、すでにご説明したとおり「企業への資金提供者である債権者(銀行や社債権者)と株主に、自由に分配することができるキャッシュフロー」のことです。事業から生み出された営業利益から税金を控除した後の税引後営業利益をベースに計算します。また、損益計算書における数値と実際のキャッシュフローの数字は異なるので、いくつか修正を行う必要があります
キャッシュフローは5年程度予測すると言いましたが、6年目以降に生み出されるキャッシュフローの価値をターミナル・バリュー(継続価値)といいます。
ターミナル・バリュー(継続価値)の考え方にはいくつかあります。もっとも簡単な方法は、予測期間(通常5年)が終了したあと一定の成長率(永久成長率)でキャッシュフローが成長するとみなして計算する方法です。この方法では、ターミナル・バリューの金額を、つまり予測最終年度(5年目)の翌年(6年目)のフリー・キャッシュフローを、「割引率 ― 永久成長率」で割ることによって求めます。CAPM理論はノーベル賞も受賞したW.シャープ博士らによって発表された資産の期待収益率の算出モデルです。
また、リスクフリーレートとは、無リスクで運用できる場合の利回りのことで、通常は国が発行する国債の利回りを使用します。日本では「10年もの国債」の利回りを使うのが一般的です。実際には日本国債にもリスクはありますが、ここではリスクがないとしています。
リスクプレミアムとは、市場全体の期待収益率を表すもので、通常過去のデータから求めます。株主は株価変動リスクを負うので、リスクフリーレートより高い利回りを期待しますが、その上乗せ分をマーケットリスクプレミアムと呼びます。日本ではTOPIXの値動きを市場全体の値動きとみなして、その過去の実績値がリスクフリーレート(期間10年もの国債)とどのくらい乖離しているかを、マーケットリスクプレミアムとしている場合が多いでしょう。
またβ(ベータ)とは市場全体の動きに対する個別株式の動きを表す係数のことで企業ごとのリスクを表します。すなわちベータ値とは、株式市場全体と個別株式の感応度のことです。たとえばベータ値が1.4ならば、市場全体が10%上昇すれば株式の株価は14%上昇し、市場が20%下落すれば28%下落することを意味します。
5.PSR (Price to Sales Ratio)
バブルの頃は株価が高騰してしまい、理論的に説明できない状態になったことがあります。その頃は PSR(Price to Sales Ratio)という売上の倍率を株価にする手法もはやりましたが、合理的とはいいがたい方法でしょう。PSRは、たとえば売上の10倍を株価にするといった具合ですが、まったく根拠もなくその後株価は大きく下落していきました。
双方が合理的に合意することが重要
以上、企業価値、すなわち会社の値段を算定するための方法を5つご紹介しました。なお、経営権のコントロールを握る買収の場合には、支配株価に対する「コントロール・プレミアム(Control Premium)」が求められることもあります。これは株価に30~50%程度上乗せした株価で買収することです。特に上場企業の買収の際には、こうしたプレミアムを求められることが多いといえます。一方で非上場株式の場合には流動性が劣るために、「流動性ディスカウント」として30%程度割り引くなどのケースもあります。
冒頭でも述べましたが、買収等での株価の算定を行う際には、通常複数の株価算定方式を組み合わせて行います。複数の方式による株価算定の幅の比較表をフットボールチャートといいますが、重なり合う範囲内での株価が妥当と考えられます。
しかし最終的には双方の交渉によって株価は決定されます。金額としては高くてもライバル会社に買収されてしまうことを阻止するケースなど、企業の経営戦略としての判断に委ねられるからです。これらの価格はあくまでも目安であり、買収する会社にとっても買収される会社にとっても株主に合理的な説明ができるものである必要があるのです。
大切なことは「売主と買主が双方が合理的に合意することが何よりも重要だ」ということです。算定方式はその目安にすぎません。問題は買主の株主に対して納得ある説明ができるかどうか、ということになるでしょう。
現在、新型コロナウイルスの影響で株式相場が暴落していますが、企業の本来の価値を算定して冷静に判断することがアフターコロナを見据えた際に重要ではないかと考えています。
(文=平野敦士カール/株式会社ネットストラテジー代表取締役社長)