家庭用衣装ケースの「Fits(フィッツ)」で知られるプラスチック加工会社、天馬(東証1部上場)で前代未聞の反乱劇が起きた。創業メンバーで名誉会長だった司治(つかさ・おさむ)氏(86)と執行役員8人が反旗を翻した。司氏は「天馬のガバナンス向上を考える株主の会」を立ち上げ天馬株式の約24%を掌握。創業家の経営からの離脱と経営陣の総入れ替えを要求した。
会社側は「不当な経営介入は看過できない」として、司氏を名誉会長から解任した。双方が株主総会に向けて委任状争奪戦を繰り広げた。勝つのは会社側か司氏ら株主側か。天馬の株主総会は6月26日、東京・北区王子の「北とぴあ」で開かれた。双方が勝ち、双方が敗れるという奇妙な結果となった。
会社提案の議案のうち創業家出身で常務の金田宏氏(42)ら3人の取締役選任案が否決された。金田氏の賛成比率は43.29%にとどまった。創業家の金田氏が7代目社長になる芽は閉ざされた、とみられている。株主側の勝利である。
一方、名誉会長の司治氏が出していた執行役員8人を取締役に選任を求める株主提案は否決された。株主側の完全な敗北だ。天馬は26日付で藤野兼人社長(67)が退任し、取締役に就任した広野裕彦執行役員(50)が社長に就任した。
ベトナムでの贈賄事件をきっかけに名誉会長が役員の退陣を迫る
ことの発端は昨年12月、ベトナム子会社で発覚した贈収賄事件である。第三者委員会(委員長:早川明伸弁護士)の調査報告書によると、子会社社員が17年に現地の税関局から調査を受けた際、高額の追徴金が必要だと指摘され課徴金を支払った。19年とあわせ計2500万円相当の現金を渡した。これが会社全体を揺るがす大騒動となった。
経営責任をめぐり創業家間の確執が一挙に火を吹いたからである。天馬は1949年、長男・金田忠雄、次男・金田保彦、三男・神田哲民、四男・司治の4兄弟が、東京・荒川区で日用品雑貨やゴム履物の製造販売を始めたのが始まりだ。長男・次男・四男の順で社長を継いだ。3代目社長の司治・前名誉会長は「創業家は会社の業務執行から退くべき」との考えから、後継には2代続けて住友銀行出身者を指名。6代目社長となった藤野氏が初のプロパー社員出身である。
今年6月の株主総会前までの役員は、2代目社長・金田保彦氏の長男、金田保一氏(75)が会長、名誉会長・司治氏の長男、司久氏(57)が専務、会長・保一氏の長男、金田宏氏が常務という、典型的な同族経営である。
4月2日、第三者委員会の調査報告書が公表された。これを機に創業メンバーの最後の一人である司治氏は、「経営陣の一掃」(関係者)を決意する。
「問題を起こした取締役と、創業家である司家・金田家の取締役全員を退任させることが、私がやらねばならない最後の仕事です」
司名誉会長は4月16日に、このような手紙を従業員に送り、4月21日、株主総会で現経営陣の完全な刷新を求める株主提案を行った。4月23日、会社側は司名誉会長を解任した。司氏は、ベトナム子会社での贈賄事件について、「経理処理で贈賄を正当化しようとした取締役は責任をとるべきだ」と指摘。「事件の背景に、藤野兼人社長によるハラスメントや、上層部に対する社員の忖度があった」として、創業家出身者を含めた経営陣の総入れ替えを主張した。
会長の長男・金田常務の再任が否決された裏事情
司名誉会長の「天馬のガバナンス向上を考える株主の会」の構成メンバーは、司治・久親子のほか、第3位の株主である司家の資産管理会社ツカサ・エンタープライズ(持ち株比率8.18%=20年3月31日時点)に、筆頭株主で創業家の長男・金田忠雄氏の資産管理会社カネダ興産(同12.08%)が加わった。対する金田保一会長側には第2位の株主の資産管理会社ビー・ケー・ファイナンス(同10.00%)がついた。
一族の長兄の家族が司名誉会長と手を組んだことで、不利とみた金田会長側は思い切った作戦に出る。金田保一会長と藤野兼人社長は退任。取締役を入れ替え、金田宏常務を温存する人事案を提示した。会長と社長が同時辞任することで、名誉会長からの攻撃をかわし、金田常務を社長に引き上げる可能性は残すというシナリオだった。
ところが天馬の監査等委員会は6月2日、会社側が株主総会に提出する取締役選任議案は「不適切」との意見を出した。会社提案の取締役候補のうち、金田常務ら3人が法令順守や内部統制の観点で不適切と判断した。取締役会が決めた議案に対して監査等委員会が異なる意見を出すのは「上場会社では初めて」(法曹関係者)という珍事である。
機関投資家の投票行動に影響力を持つ米議決権助言会社インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)とグラス・ルイスも、金田常務ら3人について、反対を推奨した。かくして金田常務ら3人の取締役選任案は否決された。
執行役員人事が抗争の新たな火種となる?
お家騒動の第2ラウンドが始まった。6月29日、新経営体制による取締役会で、総会で取締役選任議案を否決されたばかりの金田宏氏を執行役員に選任する議案が通ったとする、一部報道がなされた。天馬のホームページに執行役員の新人事の公表は一切なく、真偽のほどは不明である。名誉会長と組んで反乱を起こした8人の執行役員の処遇はどうなったのか。全員解任されたのかさえ情報が開示されていないのだ。上場企業としてお粗末である。
天馬は家庭用収納ケース「フィッツ」でおなじみだが、工業用プラスチックの成型加工品の生産が主力である。OA機器や自動車などの工業部品を大手メーカーに供給している。20年3月期の売上は前期比1.2%増の857億円、純利益は11.2%増の25億円。21年3月期の業績予想はコロナの影響で「未定」としている。
売上高の約7割を海外の工業品事業が占める。司治氏と組んで反乱を起こした8人の執行役員は現地子会社の経営者などが中心メンバーだ。彼らをどう処遇するのか。広野裕彦新社長は難問を抱えたままの船出となった。
(文=編集部)