「とうとう新聞業界の『最後の楽園』がなくなりますね」――。
30代前半の全国紙記者はこう嘆く。「最後の楽園」とは、一般社団法人共同通信社のこと。その「楽園」について、現在1600人規模の社員を2028年度までに300人規模削減する方針が社員に伝えられたことで、新聞業界に動揺が走っている。
共同記者は「新聞業界の公務員」
共同通信は、全国の地方紙などの「加盟社」から部数などに応じて「社費」を受け取り、ニュースを配信するという業態をとっている。このため、部数減が深刻化する新聞業界にあって、「さすがに日本全体で新聞がなくなることはありえない」との前提から、「新聞業界の公務員」と呼ばれてきた。特に、毎日、産経といった経営難が叫ばれる新聞社の記者からは有望転職先とみられており、「生え抜きは基本的に使えないので、中途の『外人部隊』で埋める」(共同通信のベテラン記者)のは、朝日、読売と同じで、「弱い社に人材育成コストを丸投げして、有望新人だけをヘッドハントする作戦」が続いていた。特に近年では、新型コロナウイルス流行が起きる前までは、東京五輪に向けて採用を強化していた。
しかし、共同通信が今回の大幅な社員削減に踏み切った背景には、新聞読者の高齢化やネットでニュースが読めるようになったことなどによる、地方紙の部数減がある。日本新聞協会によると、昨年10月の時点の一般紙の部数は3487万7964部と、直近ピークの2001年10月時点の4755万9052部から約2割も減少している。これには「押し紙」分も入っているため、実際の減少スピードはもっと速いとみてもいいだろう。
単純に考えて、本業の販売部数が2割も減れば経営には大打撃だ。それに加え、地方紙は地元の高齢化や若者の都市部への流出などによる読者数減のほか、地元経済の弱体化による広告費の減少で苦境に立たされている。このような状態では共同通信への社費を減らさざるを得ないのは必然だろう。
ある有力地方紙幹部は「はっきり言って、神戸新聞や京都新聞、上毛新聞などしっかりとした編集体制があるところ以外の地方紙は、論説も共同電で『共同新聞』といっていいくらいだ。東京などカバー地域以外のニュース欲しさに仕方なく社費を払い続けてきたが、収入源でそれもままならなくなった」と分析する。
共同記者は「県警本部隣りのタワマン」に怨嗟の的
もともと共同通信には「記事の内容の割にあまりに社費が高すぎる」と批判が集まってきた。関西地区の地元紙記者よると、県警本部に隣接するタワーマンションに共同通信の県警キャップが住み、県警クラブキャップの忘年会はそのタワマンのラウンジで開かれるのが恒例となっているという。
「そのマンションは本部から歩いて5分の超好立地。家賃も20万円して、そのほとんどが会社負担だと聞いています。大阪ですら20万も出せばかなりいいマンションに住めるのに、まして私の地元ならセレブそのものでしょう。しかも独身男性ですよ。こんなカネの使い方をさせるために、地方紙によっては年間億単位の社費を払っている。かといって仕事は全国級のニュースか、そうでないならヒマつぶしのご当地ネタしかやらない。自分たちが雇っているはずなのに、自分たちよりも1.5倍くらい給料の高い現状を見たら、恨まれても仕方ないでしょう。しかも、記者の数も本当に必要かと思われるほどムダに多く、社費はもっと減らして共同側でやりくりしてほしい」
実際、共同通信の年収は30歳で800万円程度とされるが、転勤手当など「福利厚生で穴埋めしている」(先の地方紙幹部)ため、1000万円はゆうに超えるといわれる。地方紙も地元では高給取りだが、到底この水準には達しない。
新聞業界の凋落の波が「公務員」と呼ばれる共同通信にも迫ってきたことは、おわかりいただけたと思う。ただ、もともとの「社費」が高すぎで、むしろ新聞業界の体力があったからこれまでの社費の水準が保てたというべきだろう。業界の厳しさが増すなか、どこの新聞で働くということよりも、いかに記者個人の価値を高めるかという時代にシフトしていっているのは間違いない。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)