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新聞社「押し紙」訴訟、販売店勝訴の画期的判決…業界の発行部数“水増し”が浮き彫り

文=横山渉/ジャーナリスト
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「Getty Images」より

 新聞販売店にはそれぞれの配達エリアがあり、毎日配達する部数さえあればよいはずだが、その配達部数を大きく上回る部数を新聞社本社から買い取り強制されることがある。新聞社では「予備紙」と呼ぶが、一般的には「押し紙」と呼ばれる。

 新聞販売店の元店主が佐賀新聞社を訴えていた「押し紙」裁判で、佐賀地裁は5月15日、新聞社に1000万円あまり支払うよう命じた。原告は佐賀県吉野ヶ里販売店の元店主。押し紙によって経営難となり、2015年末に廃業に追い込まれたとして、2016年7月に提訴。損害賠償や逸失利益など約1億1500万円を求めていた。

 裁判で佐賀新聞は「合意のうえで販売目標を設定していて、部数を減らす具体的な申し出もなかった」などと主張していた。しかし、判決で裁判長は「仕入れの基準となる各販売店の年間販売目標の設定に被告の指示があった」などとして佐賀新聞の独占禁止法違反を認めた。さらに、裁判長は「独占禁止法に違反し、購読料を得られない数百部を仕入れさせた」として、押し紙の事実をほぼ認めた。訴状などによると、吉野ヶ里販売店では当時、本来2500部弱あれば済むところ、最大で日に500部を超える余分な新聞の仕入れを強制されたという。

 佐賀地裁が認めた独禁法違反というのは、独占禁止法2条の「優越的地位の濫用」のことだ。新聞社は立場の弱い販売店に対して不公平な取引(新聞の仕入れ)を強制していたということである。原告の元店主はこう話す。

「販売店が苦しくて立ち行かなくなったころから、(仕入れを)減らしてくださいっていうことは言ってたんですけども、君のところだけ減らすわけにはいかない、他も苦しいんだということを言われ続けて、捨てるための新聞のために銀行からの借り入れを繰り返すというようなことになってしまったので、本当に苦しかったです」

 今回の判決の大きなポイントは、原告が受けた被害だけではなく、86店ある佐賀新聞販売店の大半で同じ被害が発生している可能性が高いと指摘したうえで、独禁法違反(押し紙)を認めたことだ。佐賀新聞の販売店はもちろん、他紙の販売店も堂々と押し紙裁判を起こせば、勝訴する可能性が高くなった。

「押し紙」は部数水増しによる広告料金維持のため

 新聞社が「予備紙」と呼ぶのは、購読者が増えたときや雨などで新聞が濡れて苦情があったときに再配達する対応のために予備として多く抱えてもらうという意味だ。吉野ヶ里販売店のような数百部もの押し紙はどうなるかといえば、ほとんどが「残紙」と呼ばれて古紙回収業者にゴミとして捨てられている。近年大きく社会問題化したコンビニの弁当やクリスマスケーキと同じようなものだ。

 では、どうして新聞社が押し紙をするのかといえば、新聞紙面に載せる広告や折り込みチラシなどの広告料金は、新聞の発行部数に基づいて決められているからだ。「販売部数」ではなく、「発行部数」である。印刷した部数といってもいいだろう。このため新聞社としては、新聞の発行部数を多く見せるために、より多くの部数を販売店に引き取らせているのだ。

 ちなみに、この発行部数を認定しているのは、一般社団法人「日本ABC協会」という団体だ。新聞社も広告代理店も、広告営業ではこのABC協会発表の部数を使用しているが、この協会はメディアと広告業界からの出向者で成り立っている。協会ホームページの役員一覧を見れば一目瞭然だ。対外的には、ABC協会は新聞販売店に対し抜き打ち調査をすることで部数の正確さを確認していることになっているのだが、この抜き打ち調査が行われる販売店の該当新聞社には「事前通知」があるらしい。これが本当ならば、調査当時だけ「部数合わせ」ができることになる。

新聞業界のタブーが明るみに

 さて、押し紙問題が初めてクローズアップされたのは、1970年代だ。日本新聞販売協会が77年に残紙のアンケート調査を行い、全国の新聞の8.3%が残紙になっているという結果を発表した。1980年代には国会の場でも議題になった。当時、社会党や共産党、公明党などがこの問題を取り上げた。

 しかし、国会で質問が繰り返されても、日本経済が好調だったために、押し紙問題は何も解決しなかった。折込広告の需要が伸びていたので、その収入により、販売店は押し紙による損害を相殺することができたのである(折込チラシは新聞社本社の収入ではなく、販売店の収入)。

 そして、90年代以降、インターネットが登場して新聞購読者が激減してくると、再び押し紙問題が一気に吹き出してきた。押し紙が裁判になった例はいくつかあるが、その違法性を明確に指摘した判決は少ない。

 まず、2002年に読売新聞の販売店の店主ら3人が提起した「真村裁判」だ。押し紙の違法性を争った裁判ではなかったが、07年に福岡高裁は判決の中で、新聞社による押し紙を認定した。

 次に、08年6月に提訴された山陽新聞の押し紙裁判だ。2011年10月、広島高裁は押し紙で発生させた損害378万円を元店主に支払うように命じる判決を下した。1審に続いて元店主の訴えを追認した形だった。この判決は新聞業界のタブーが明るみに出たビッグニュースだったのだが、東日本大震災と原発事故という未曾有の大災害の後で、すっかり掻き消されてしまったのである。

 メディア等で押し紙の存在は世の中に広く知られているものの、販売店側が勝訴した事例はまれだ。販売店側に有利な結果になったとしても、和解で終わることがほとんどである。

 なお、今回、敗訴した佐賀新聞は「判決を精査したうえで控訴する」としている。今後も注目していく必要がある。

(文=横山渉/ジャーナリスト)

横山渉/フリージャーナリスト

横山渉/フリージャーナリスト

産経新聞社、日刊工業新聞社、複数の出版社を経て独立。企業取材を得意とし、経済誌を中心に執筆。取材テーマは、政治・経済、環境・エネルギー、健康・医療など。著書に「ニッポンの暴言」(三才ブックス)、「あなたもなれる!コンサルタント独立開業ガイド」(ぱる出版)ほか。

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