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本当にあったタクシー“乗り逃げ”の手口…わざと転ぶ車内人身事故はドラレコに証拠映像が

文=前川佳樹/ライター兼タクシードライバー
本当にあったタクシー乗り逃げの手口…わざと転ぶ車内人身事故はドラレコに証拠映像がの画像1
「gettyimages」より

 タクシーでは、車内で起きた暴力事件がたびたび報道される。つい先日も、乗客がドライバーに暴力を振るう様子を収めたドライブレコーダーの映像がワイドショーで放送されていた。

 あるドライバーは、六本木で乗せた無職の客に「急いでっから、早く行かないと殺すぞ」と言われたという。「殺すなんて脅迫罪だ」と反論したところ「何? てめぇ、この野郎!」と怒りを買い、ボコボコに頭を殴られたそうだ。病院に行くと、CT画像で出血が見られないので診断は全治1週間で、相手の不起訴は確実となった。ちなみに、全治3週間以上だと示談金や罰則が高くなると言われている。

 医師は「タクシードライバーは示談金目的で症状を重く申告する人が多い」ということで、重い診断にはしないことも多いという。起訴も罰金刑もないとなれば、お金のない無職の乗客が示談交渉に応じるはずもない。そのドライバーは7万円の治療費を自腹で支払い、泣き寝入りをしたという。いくら示談交渉をしたとしても、相手にお金がないので払ってもらえない可能性が高い。また、初犯の場合は罪も軽く、特に医師の診断書が全治2週間未満では不起訴の場合も多いので、結局やられ損になってしまう。

嘔吐、イチャモン、当たり屋…

 暴行はそうあることではないが、タクシードライバーにとってもっとも多いトラブルが、車内での嘔吐だ。個人タクシーの場合は個人事業主であり、車を汚されたら当日はもちろん、状態によっては翌日以降の営業も難しくなるので、数万円の清掃料を請求する人もいる。あるドライバーは、嘔吐で本革の高級シートが張り替えとなり、乗客に15万円ほどを請求したそうだ。

 しかし、法人タクシードライバーの場合、会社の方針で車内に嘔吐されても清掃代を請求しないというケースが多い。乗客としては「吐いてしまったのにお金を請求されなかった。いい会社だね」となり、タクシー会社のイメージ向上となるためだ。

 しかし、運転手にとってはたまったものではない。たいていの場合は嘔吐されたら1日の営業が終了する上に、自分で掃除するか、それが嫌なら5000円ほど払って専門の業者に頼むことになる。私も経験があるが、1日の売り上げを大幅に失うばかりか、汚物を清掃する際のやるせなさは相当なものだ。乗客が多くいる年末などは「泥酔者を乗せない」ドライバーも少なくない。

 少し前に都内で多発していたのが、お客さんを乗せてドアを閉めた瞬間に「ドアにメガネが挟まって壊れた、弁償しろ」というものだ。気が弱いドライバーの場合、会社に報告して面倒なことになるのを嫌って、その場で1~2万円を払ってしまうことも多かったらしい。しかし、ドライバーが「警察と営業所に報告して、賠償の話はその後で」と伝えると、その客は逃げるように降りていったという。

 似たような例として、新宿・歌舞伎町あたりの繁華街で、わざとタクシーに体をぶつけて「今ぶつかったろ、痛むから賠償しろ」という当たり屋も出没していた。これも、やはり警察対応を申し出ると逃げるように立ち去ってしまったが、警察に届けずにいて、相手が「この前の事故で体が痛い」などと連絡してきたら、運転手は「ひき逃げ」扱いになりかねない。そうなると免許取り消しとなり仕事を失うので、必ず警察の現場検証を受けなくてはならない。

最も理不尽な「車内人身事故」とは

 このようにさまざまなリスクを背負って営業するタクシードライバーだが、もっとも理不尽だと思うのが「車内人身事故」と呼ばれるものだ。たとえば、お客さんを乗せて走っていて、急に子どもが道路に飛び出してきたので、止むを得ず急ブレーキを踏んだところ、お客さんが前方のシートで頭を打ったというような事故である。

 こうなると、危険を回避するために仕方なくブレーキを踏んだとしても、「前方不注意」ということで運転手の過失が必ず発生してしまう。飛び出してきた子どもはなんともなくても、車内の乗客にケガを負わせてしまったら、その度合いに応じて違反点数が加点されることもあるし、重い症状の場合は罰金刑もあり得る。

 道路上では、いつ、どこで、どんな危険な状況が発生するかわからない。運転手の注意によってある程度は防げるが、急な飛び出しなど、どうしても防げないケースに遭遇することもある。そんな危険を回避するための行動であっても、それで乗客にケガをさせてしまうと、違反点数が加算され免許停止になり、職を失う可能性もある。これらは、タクシーやバスの運転手の厳しい点である。

 ちなみに、路線バスの運転は非常にゆるやかで、車で後ろを走っているとイライラしてしまうという人は多いはずだ。バスの乗客は立っている人も多く、急な飛び出しにも対応しなくてはならないため、いつでも停まれる速度で走らざるを得ないからだ。

「停めて!」と叫んでわざと転ぶ悪質な乗客

 また、車内人身事故を利用して、賠償金目的の悪質な行為が発生しているという。先日、都内のドライバーであるYさんから、そのときの話を聞くことができた。

「客に聞いた目的地が近くなったところで、いきなり『停めて!』と叫ばれたんです。メーターはまさに上がる直前、私は強めにブレーキを踏みました。そうしたら、客が前に転んで『痛い、びっくりした。気をつけろよ』と言われたので、私は『あぁ、やっちゃったかー』と思いました。確かにブレーキは強かったですけど、転んでケガするほどの強さでもなかったんです」

 タクシーのメーターは料金が上がる直前に表示でわかるようになっており、そのことを知っている乗客もいる。なので、わざとメーターが上がる直前に声をかけ、強いブレーキを踏ませて転倒、ケガをしたと言って賠償金をふんだくる気だったのでは、と思ったそうだ。

「もしかすると賠償金目的? と思ったので『警察を呼びましょう』と言ったんですね。そうしたら『いや、警察はいい、大丈夫だから。レシートくれる? 何かあったら俺があんたの会社に連絡するだけだから、面倒くさいのは嫌なんだよね』と降りていきました」

 今や、ほとんどのタクシーにはドラレコが装着されている。ドラレコを見れば乗客の転び方や減速の強さなども一目瞭然なので、警察の現場検証も合わせると、その客は「しっかりと対応されたら賠償は期待できない」と思って引き下がったのでは? とのことだった。

 しかし、Yさんは、その乗客の「何かあったら会社に連絡する」という言葉を重く受けとめ、客が不在のまま警察の現場検証をお願いした。警察へ届けずに、後日その乗客が「こないだ打ったところが痛い」などと言ってきたら、懲戒処分を受けて乗務停止になるなど、面倒なことになると思ったからだ。

 結局、営業所に報告するため、その日は営業終了となり、1日の売り上げは激減してしまった。営業所でドラレコの映像を見ると、Yさんの予想通り、乗客が不自然な態勢で転倒する様子がはっきりと映し出されていたそうだ。まるで、わざと転ぼうとしているかのようだったという。

「きっと、あの客はドライバーが警察対応を言い出さなかったら、あれこれ因縁をつけて、その場で示談を迫る魂胆だったのかもしれないです。普段から事故には気をつけているほうだと思っていたんですけど、急ブレーキを踏むとは、私の意識が足りなかったですね。メーターが上がったら文句を言われて80円自腹になっちゃう、というのが頭にあって、ブレーキが強くなったんでしょう。

 でも、今度からは急に停めろと言われても、ゆっくりブレーキを踏みますよ。今回失った売り上げと時間のことを考えたら、たとえメーターが上がって80円の自腹になっても、安いもんですよ。いい勉強になりました」

 このエピソードは、一般の人にとっても「車で事故を起こして、少しでも人に危害を加えたと思ったら、まずは警察に」という教訓になるはずだ。警察を通さず、下手にその場で示談して、後日相手から「やっぱり頭が痛い」などと言われて罪が重くなるということも十分に考えられるからだ。

タクシー“乗り逃げ”の手口とは?

 お客さんを乗せて運転するタクシードライバーは、気をつけていても人身事故を起こしてしまう可能性がある、リスクの高い仕事である。前述の通り、乗客からの理不尽な暴力は怖いし、車内に嘔吐されるのも嫌なものだ。

 また、乗り逃げも注意すべきである。千葉県のタクシードライバーであるTさんに話を聞いた。

「船橋から葛西まで乗せた客が、到着した直後に『いけね、カードを持ってくるの忘れた。取ってくるので待ってて』と言うんです。こういう場合、カバンなどを置いていってもらうのが常套手段で、その客は紙袋を置いていったので安心しました。ところが、10分しても20分たっても降りてきません。マンションだったので部屋番号もわからず、紙袋の中を見ると新聞紙だけが入っていました。おそらく、マンションの出口から逃げてしまったんでしょうね。8000円の料金は自腹となりました」

 以来、このドライバーは同様のケースでマンションで降りた場合、部屋までついていくことにしたという。

 嘔吐、乗り逃げ、悪質な事故、飛び出しなど、タクシードライバーには危険がつきものだ。しかし、会社はドライバーを守ってはくれないため、あらゆるケースを想定した対処法を身につけるしかないのである。

(文=前川佳樹/ライター兼タクシードライバー)

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