新型コロナウイルスの感染拡大により、日本経済の落ち込みが深刻化している。テレワークを導入する企業が増えたり大規模イベントを控えたりする動きが加速したことで、街から人がいなくなった。日本経済新聞によると、2月27日午前0時の銀座の人口は昨年比で47%も減っていたという。
中でも飲食店は軒並み客数が減っており、夜の繁華街から客足が遠のいている。居酒屋やキャバクラ、風俗店など、夜の店はいずれも閑古鳥が鳴いている状況だ。
そして、その影響はタクシー業界にも及んでいる。3月6日の金曜日、現役タクシー運転手の私は、ほとほとまいっていた。その日は給料日の翌週でもあり、通常ならタクシー待ちの列ができるが、この日はまるで動かない。政府が「不要な外出を控えてください」とアナウンスしたことに加え、満員電車での感染を恐れて車通勤を始めた会社員が増えているためだ。
タクシー運転手が“遠回り”を選ぶ瞬間
当然ながら、タクシー業界の売り上げは芳しくない。運転手たちは、なんとか盛り返そうと苦慮しているところだ。そこで、乗客として気を付けたいのが「遠回り」である。乗客が少ない時期は、タクシー運転手が「わざと遠回り」する可能性があるのだ。
私が勤めている会社は、1日の売り上げが税別4万5000円=税込み4万9500円に達しなければ、手取り収入が10%も低くなる。そのため、深夜2時の段階で売り上げが4万円しかなく、「今日はダメだ」と思っていると、昭和通りで手が挙がり、乗せてみると20キロの長距離客だった。
タクシーの深夜料金は1キロあたり約400円。20キロなら8000円になるので、トータルの売り上げは4万8000円になる。そうなれば、ノルマまで残り1500円だ。
酔っていた乗客にルートを確認すると、「運転手さんにお任せします」と言う。ナビを入れて進行しつつ、気が付けば乗客は寝ている。私は「すいません」と心の中で詫びながら、1500円分ほど遠回りして、ノルマを達成した。もちろん、本来であれば許されない行為であり、もしクレームが入ったら割り引くつもりだったが、目的地に着くと乗客は何も言わずに支払ってくれた。
おそらく、乗客にとっての「定番ルート」ではなかったのだろう。いつも乗る道の場合は乗客も料金を把握しており、「今日は高いね」などとクレームを受ける可能性が生じるが、初めてのルートだったようで何事もなく支払ってもらえた。
忙しければ「早く降ろして次の客を乗せたい」という心理が働き、早くて近いルートを選択するが、昨今のように乗客が減ると、つい遠回りをしたくなるのがタクシードライバーの偽らざる心情なのだ。
遠回りされない方法とは?
さて、乗客の立場としては、遠回りされたくなければ乗車ルートを把握しておくことが大切だ。ルートがわからない場合は、事前にタクシー料金が計算できるアプリなどで調べておきたい。運転手が道に迷うのを防ぐためにも、乗客がルートを指定するのが絶対条件。なおかつ、寝ないようにすることだ。
また、乗車の際に「このあたりはわからない」などと言うのは避けたい。その言葉を聞いて、わざと遠回りをする運転手も少なくないからだ。
さらに、運転手が不慣れな場合も遠回りが生じる可能性がある。相場より100円や200円高いだけならまだしも、500円以上高い場合は明らかな遠回りといえる。そういう場合は、前述の計算結果などを提示してメーターとの差を訴えよう。「いつもは15分で着くのに30分もかかった」などと乗車時間の違いを訴えたり、よく乗るルートの場合は前回の領収書などを見せたりするのもいいだろう。いずれの場合も、運転手が納得すれば、遠回り分を差し引いた「通常料金」を支払うことで収まるはずだ。
ただし、タクシーには「時間メーター」も存在する。走行過程で渋滞や工事があった場合、時間により上がってしまった料金は乗客の負担となる。また、泥酔した乗客が目的地に着いても起きないケースも多々ある。この場合、料金を支払うまでに時間がかかり、その間にメーターが上がっても文句は言えない。タクシー運転手が泥酔客を乗車拒否できるのも、トラブルが生じやすいためだ。
なお、遠回りに「正当な理由」が存在することもある。たとえば、乗客に「急いでください」と言われた場合、ノロノロの近道より、遠回りでも広くて飛ばせるルートを選択することもあるのだ。この場合は乗客も納得してくれるが、困るのが「通れない事情がある近道」を言われた場合だ。
たとえば、駅付けタクシーの場合、住宅街の細い道を通らないケースがある。なぜなら、細い道が“タクシー街道”になると事故が起きやすく、渋滞の原因にもなるからだ。そのため、そういうルートは「警察の指導」で通行禁止になっていることがあり、乗客に指定されても断わらざるを得ないことがある。
タクシーに限らず、経済が停滞するとよけいなトラブルが増えるものだ。コロナ騒動の早期終焉を願わずにはいられない。
(文=後藤豊/ライター兼タクシードライバー)