毎日、数多くの老若男女を乗せるタクシードライバー。多い日で1日70人ほど。車内という密室で過ごす仕事をしていると、自然と乗客の性格や人間性が見えてくる。
パッと見は怖いが、話すと楽しいのがガテン系の人たちだ。たとえば、筆者が実家の取り壊しを考えていたとき、昼間からほろ酔いのガテン系の客を乗せたことがある。ろれつが回っていないので行き先を聞き返すと「そうだよ!」と強い口調で返されたが、別に怒っているふうではない。「普段からこんな感じなんだな」と思う程度だ。
その乗客に、思い切って聞いてみた。「あのう、実は実家の取り壊しを考えているのですが、100万円ぐらいしますよね」と。すると、「そんなことないよ。広告はいくつもの業者がからんでいるし、業界的に相場がわからないので高く設定しているけど、頼む相手によっては半額でできるよ」と言われたのだ。
その乗客は、1090円の運賃で2000円を渡してくれた上、「いつでも電話しな」と名刺を渡してくれた。後日、100万円を覚悟していた取り壊しは彼の言葉通り半額になった。
マック藤田社長が必ず運転手と会話していたワケ
スーツにネクタイ姿のビジネスパーソンは、タクシードライバーにとって“上客”だ。会社のお金で乗車できる人も多く、また社長や部長などの重役クラスは平均単価(おおむね1500円前後)の数倍の運賃を支払ってくれることもある。
そんなビジネスパーソンには、ひとつの“パターン”が存在する。若い人は9割方、行き先を告げるとスマートフォンにかじりつく。行き先の告げ方も「銀座まで」、ひどいときには「銀座4丁目交差点!」と言ったきり黙り込む。男女とも“話しかけるなオーラ”を醸し出すが、これは非常にもったいない気がする。
情報化社会になったとはいえ、仕事の基本はコミュニケーションだ。日本マクドナルドの創業者で社長や会長兼最高経営責任者(CEO)を務めた故・藤田田氏は、タクシーに乗ると必ずドライバーと会話して情報収集に努めていたという。不特定多数の人を乗せるタクシーだからこそ、ライバル企業や政策の情報などを耳にできるかもしれず、また人に溶け込む能力も磨かれるためだという。
藤田氏のように人間が磨かれてくる40代以上になると、ドライバーとの会話を楽しむ人の割合も増えてくる。その多くは声も明るく、「今日は寒いね」「景気はどう?」などと話しかけてくれるのだ。ドライバーが同年代や年上だと見れば敬語で話してくれることもあり、対応するこちらも気分が良くなる。
「池袋まで。早く行け!」と怒鳴るヤクザ風の男
経験則だが、こちらがいい気分で仕事をしていると、自ずと“いい客”にめぐり合うことが多い。気分良く降ろした場所に次の乗客が待っていて、「羽田空港までお願いします」などというケースも何度かあった。
逆に、嫌な気分のまま運転していると乗客との空気も悪くなりがちだ。たとえば、会社の車庫を出るときに所長から叱られたことがある。乗客とのトラブルが原因で、こちらも悪いが乗客に明らかな非があったにもかかわらずだ。心の中で「ふざけんな!」と思いながら運転していると、「歌舞伎町まで」というホスト風の短距離客を乗せることになり、降ろすとすぐにヤクザ風の男が乗り込んできた。「池袋まで。早く行け! 急げ!」などと半ば恫喝気味で、降りる際も当然ながら運賃ぴったりの支払いだ。