「キッコーマンの醤油瓶」「サントリー角瓶」と聞いたら「あの形」をたいていの人は思い浮かべるはずだし、キッコーマン醤油瓶は世界中でも「あの形」で通じる、世界的ロングセラーだ。唯一無二で長く愛されるデザインは、何が違うのか?
前編に続き、キッコーマン醤油瓶、サントリー角瓶をはじめ、数多の世界的なロングセラーのデザインに着目、解析した書籍『GOOD DESIGN FILE』(遊泳舎)の著者、高橋克典氏に聞いた。中編の今回は「大人からでもできるセンスの磨き方」について。
デザイナーは“浮世離れした感性の人”は誤解?
――高橋さんは「デザイナー」ではなく「経営」をされてきた方ですが、デザインに関心を持たれたきっかけがあったのでしょうか?
高橋克典氏(以下、高橋) 私はシャルルジョルダン、カッシーナ・イクスシーなどさまざまな外資系企業で経営に携わり、世界の名だたるデザイナーたちと仕事をしてきました。もちろん、そこには日本人のデザイナーもいらっしゃいます。そこでまず思ったのは、著名なデザイナーはマーケットや経営にも強い、ということです。
――デザイナーは金勘定なんか興味がない、浮世離れした「感性の人」というイメージすらありますが、そうではないんですね。
高橋 はい。デザイナーというと感性的な「右脳の人」なイメージがあるかもしれませんが、そんなことはなく、理論、数字といった「左脳」も強い、いわゆる頭のいい人です。そして、頭がいいだけでなく、日々勉強を続ける努力家でもあります。
――デザイナーなど芸術畑の人は努力せずに涼しい顔でホームランを打てる「天才」タイプが多そう、というイメージもなぜかありますが、実際は努力の人なのだと。
高橋 そうですね。また、逆に、優れた経営者はデザインの力がどれだけ経営に寄与するかを理解しています。スティーブ・ジョブズはまさにそうですね。ですので、デザイナーはマーケティングと経営を勉強した方がいいし、経営者はデザインを勉強した方がいいと思っています。
「センスが良い人」の共通点とは
――デザインを勉強する、センスを磨くって、どうすればいいんでしょう?
高橋 「デザインやアートは勉強で理解できることなのか?」と思ってる人もいるかもしれませんが、僕はできると思ってます。感受性が豊かな幼い頃に情操教育を受けていなければ難しいのでは、と思われる方もいますが、そんなことはありません。まずは、優れたデザインやアート作品をよく見ることですね。
――「良作をよく見よう」は確かによく言われることですが、その「見方」がわからないというか、「うん、良い」で終わってしまうというか……。何か、それが「活きる」方向につながっていないことが私自身多いんですよね。
高橋 頻繁に美術館に行き、コンサートに行けば感性が自動的に磨かれる、というわけでもないんですよね。「見る」ことはもちろん大事ですが、「よく見る」ためには、やはり「知識」も必要だと思います。その分野について学んでいかないと、感じ取る力も養われないのかなと。
――先ほど「一流デザイナーほど学んでいる」というお話がありましたよね。やはり、知りたい分野の歴史を知るのがいいのでしょうか。
高橋 そうですね。何事も、ある程度は勉強、座学する期間が必要だと思います。たとえば、すごくおいしい料理を食べて「おいしい!」とは誰でも思えますが、「なぜおいしいのか」を説明するには知識が必要になりますよね。
――勉強は必要だけれど、感性は先天的なものではなく、いくつになっても学べば磨いていけるというのは希望の持てる話ですね。
高橋 はい。いわゆる「センスのいい」人というのは、その人の中に広大な知識のバッググラウンドがすでにあって、そこから最適な案を導き出すことができる人なんです。そういったバッググラウンドがなくても、感覚的にそれができてしまう「天才」も中にはいるのでしょうけれど、そんな人はごくごく少数だと思います。「センスのいい」方は、ほぼみな、ずっと学び続けています。
また、センスを磨く方法として、著名なデザイナーや芸術家が書いた本を読む、名言に触れる、というのもいいと思います。「良いデザインは説明しなくてもわかる」という人もいますが、デザイナーは言葉で説明できなければダメだと思います。「こういう意図でデザインした」と言えないといけないし、優れたデザイナーほど、ハッとするような言葉を残しています。
たとえば、本書でも紹介しているカッシーナの椅子LCコレクションのデザイナー、ル・コルビュジェは「椅子は座るための機械だ」という名言を残しています。
――椅子をそんなふうに考えたことがなかったです。切れ味のいい短歌や俳句を見たときのような「あっ」という気持ちになりますね。
高橋 モノの新しい見方を示すという点で、哲学的ですよね。こういった一言を知っているかどうかで、デザインを見る目が変わってきます。言葉は論理ですから、やはり優れたデザイナーは左脳も優れているんです。
SNSがデザインのセンスを奪う?
高橋 デザイナーや、デザインを企業として判断しないといけない経営層ならさておき、消費者としてなら、デザインは「好きか嫌いか」で十分だと思うんですよ。もちろん、知れば知るほど楽しくはありますが。
――このデザインは好きだな、嫌いだな、なぜだろう、と考えるだけで楽しいですよね。
高橋 ですよね。ところが今、 SNS の発達により「数万リツイートされている」「あの著名人がリツイートしている」といったところでデザインが判断されがちなのは、とても大きな問題だと思っています。というのも、ロングセラーになるデザインは、発売当初はあまり受けなかったりもするんです。前編で触れたキッコーマンの醤油瓶も、発売当初は異質なデザインだったと思います。
――企業が今のSNSの数字を見てデザインの判断をするようになれば、ますます「今のリツイート数」に引きずられたデザインになってしまうでしょうね。もう、すでにそうなっているところも多分にあるでしょうけれど。
高橋 自分の好き嫌いを大切にしてほしいですね。私は、新大阪駅や御堂筋線のトイレがとてもきれいで好きです。
――私も、この街ならこのトイレ、と好きなトイレがあります。トイレは毎日使うものですから、違いが露骨にわかりますよね。こうして考えると、デザインは何も難しいものでもなく、私たちはデザインに囲まれて生活していますね。
高橋 はい。たとえば今、自粛生活が続いていますが、ファイルの色を統一してみるとか、そんな小さなデザインの工夫をするだけで暮らしやすく、快適になりますよね。
――日常生活でも、センスを磨く場はいくつでもありますよね。
次回は引き続き、高橋氏にデザインに必要な「個」の力について聞く。
(構成=石徹白未亜/ライター)
『GOOD DESIGN FILE 愛されつづけるデザインの秘密』 「あの商品はなぜ、人々の心をつかむのか?」 サントリー角瓶、無印良品、ポッキー、iPhone、コカコーラ、シャネルスーツ、キッコーマン醤油ほか、あらゆるジャンルから選出した47の商品・ブランドに、フルカラーのイラストとともに迫る!