「脱デフレ」とのスローガンが声高に叫ばれ始めたのは、いつごろだろうか。消費者物価指数に大きな変化は見られないまま、最近ではめっきり耳にしなくなった。
こうした環境において、多くの企業は低価格販売に固執してしまっている。確かに、消費者にとって低価格は歓迎すべきことではあるものの、企業が適正な利益を確保できなければ、雇用をはじめ社会に大きな負の影響をもたらすことになる。
こうした背景のもと、筆者は「高く売るマーケティング」に注目している。“高く”とはまさに価格の話であり、本稿ではあらためて価格について考えてみたい。
一般的な「価格」の定義を見ると、「商品の価値を貨幣で表したもの」(デジタル大辞泉)といった説明がなされている。
一方、マーケティングの視点から価格を捉えると、“価格に頼って売ってはならない、価格を売るのである、「価格」とは「価値づけ」である”といったコトラーの言葉は大変興味深い。“それができれば苦労はない”といった実務家からの悲鳴も聞こえてきそうではあるが、自らの商品と向き合い、自らの商品に値する価格を提示し、顧客を納得させることが、本来あるべき姿であることは間違いないであろう。
マーケティングにおいて極めてポピュラーな、顧客を満足させるための4要素である「4P(商品・価格・流通・プロモーション)」のなかでも、数字で表される価格は、とりわけ消費者に対して明確なシグナルとなり、正にしろ負にしろ大きな影響を与えるため、極めて注意が必要な要素といえる。
価格設定に関しては、以下の3つの手法がポピュラーである。
まず、コストをベースに価格を設定する手法が挙げられる。必要とするコストに、自らが望むマージンを上乗せして設定する。コスト→価格→価値→顧客という流れとも捉えられる。
次に、需要をベースに価格設定する手法がある。顧客に受け入れられそうな価格を決定し、それに合わせてコストや利益の計算を行う。つまり、顧客→価値→価格→コストという流れとなる。
最後は、競争をベースとする価格設定法である。競合他社の価格を参考に、市場における自社の地位、パワー、ブランドなどに基づき設定する。家電量販店などでよく見かける“他店より高い場合は言ってください”といった手法も、競争ベースの価格設定といえるだろう。
個人的には、価格は売る側が信念をもって設定すべきであると考えているが、盛んに実施されている状況を踏まえれば効果的なのかもしれない。しかしながら、こうした効果は極めて短期的なもので、長期的に捉えると多くのデメリットがあるようにも思われる。
上記の3つの手法は誰もが知る手法であり、セオリーと言ってもよいだろう。もちろん、それぞれメリットがあるわけだが、他社との差別化という視点に立てば、誰もが知る手法ゆえ、効果的に作用しない場合が想定される。
現在の厳しい市場環境において、消費者が高くても納得して購入する商品の開発および販売に対しても有効に機能しない場合が多いのではないだろうか。
成城石井のケース
最近、高級スーパーとして知られる成城石井の創業者の著作や現社長のインタビューを読む機会があったが、実に示唆に富む内容であった。一言にまとめるならば、「“お客様に良い商品・サービスを提供したい”に徹しきっている」ということになるだろう。たとえば、成城という立地に暮らす、口が肥え、お金に比較的余裕のある人たちに対して、「おいしいワイン」を提供するために30年も前から定温輸送による直輸入を行っている。
常温輸送となる普通のコンテナでは、赤道あたりでかなりの高温になってしまう。さらに、成城石井では完全定温・定湿管理の倉庫さえも建造している。こうした取り組みにより、消費者に最高のコンディションでワインを提供することに成功している。
さらに、最高のワインがそろえば、次は質の高いチーズを良いコンディションで提供しようとなり、結果、店内にこだわりの商品があふれることになる。また、良い商品は最高のサービスで提供したいと接客に関わる研修なども徹底的に行われている。
結果、当然のことながら、他のスーパーよりも高価格となるものの、成城石井はなんら気にしていないように感じられる。良い商品を、良い状態、良いサービスで提供すれば、必ず顧客に理解され、売れるという確固たる信念があるようだ。
こうした成城石井のビジネスを価格戦略という視点で捉えるならば、基本的にはコスト・ベースとなるだろうが、そうした次元をはるかに超越した“そろばんをはじかない・はじく必要すらない”戦略と呼べるかもしれない。コトラーが述べた“「価格」とは「価値づけ」である”という言葉が見事に具現化されている。
(大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)