コロナ禍で多大な影響を受けているタクシー業界。いまだ外出自粛ムードは継続し、タクシードライバーの売り上げにも大きな影響を与えており、ほとんどの場合、彼らの給与は売り上げに対する歩合で支払われるため、多くのドライバーが大幅な収入減に苦しめられている。
最近では、タクシードライバーの売り上げにも二極化がみられるようになってきた。ドライバーの中には、日々の営業モチベーションを上げるためか、ブログやツイッターなどで自分の売り上げを報告している人が多い。私はよく彼らの売り上げをチェックしているが、その中の数名は売り上げを大幅に落とすことなく、1割減ほどで抑えていることに驚かされる。
彼らはコロナ前から稼いでおり、効率よく売り上げるために研究を重ねてきた。いかに早く次の客を、あるいは中長距離の客を乗せるかを考え、短時間で高い売り上げを出すテクニックを持っている。それはコロナ禍で客が激減した環境でも生かされ、他のドライバーを出し抜いて、いち早く客を乗せているのである。
逆に、コロナ前から稼げていないドライバーは、そうしたトップドライバーのように営業効率を考えていなかった。アテもなく街を走りつつ、たまたま手が上がったら客を乗せる営業をしている。あるいは駅や病院などの決まった客待ちポイントを拠点として、客を乗せたら何も考えず、そこに戻るという営業もある。
コロナ前の東京都心であれば、アベノミクスの恩恵を受けた大企業や富裕層の利用が多く、適当な営業であっても1日5万円ほどの売り上げになっていたが、今はそういうわけにはいかず、彼らの売り上げは、悪いときで1日2万円台、平均で3~4万円、高速道路利用の長距離客のような当たり仕事があって、やっと5万円といったところだ。
マイホーム購入後に年収が200万円以上ダウン
平均的なタクシードライバーは1出番で20時間の乗務を月間12回行う。中でも東京23区は全国で最も平均年収が高い地域であり、コロナ前であれば平均売り上げが5万円以上だった。その約60%がドライバーの賃金となるので、年収を計算すると、5万円×月間12乗務×12カ月×60%で額面の年収が432万円以上となる。
しかし現在、全体の平均売り上げは4万円以下に落ち込んでいる。そうなると、会社も少ない売り上げから経費を賄うために、歩合率は55~57%ほどに落ちてしまうケースが多い。4万円×月間12乗務×12カ月×57%なら、額面で年収328万円となってしまう。実に100万円以上の年収ダウンである。
また、コロナ前の客の多いときであれば、営業方法の工夫や努力はほどほどでも、労働時間の確保で高年収を得ることができた。平均的な勤務の月12回×12カ月の年間144回から少し増やして、年間150回ほど乗務し、毎回の休憩を2~3時間に抑えることで、平均6万5000円ほどを売り上げるドライバーも珍しくなかった。
その場合、歩合率は62%ほどに上がるので、年収は6万5000円×150日×62%となり、額面で約600万円である。このあたりの年収を得るドライバーは中級以上と言えたが、客の多さに甘えて、さらなる営業努力や高効率の営業を追求してこなかったため、従来の営業方法が通用しなくなり、売り上げは4~5万円に落ち込んでいる。
そうなると、年収は平均4万5000円×150日×58%で約400万円になり、以前より200万円ものダウンとなってしまう。実際にこのような事態に陥ったドライバーは、こう嘆く。
「2018年に入社して、どこを走ればうまく売り上げが上がるかがだんだんわかってきて、2019年の年収は600万円を超えてマイホームも買ってしまいました。でも、コロナですべて破壊されてしまい、このままだと年収350万円ほどになると思います。どうやれば売り上げが上がるのかまったくわからなくなって、毎回精神的に追い詰められています。ローン返済も苦しいですが、郊外に家を買ったため、出社のたびに毎回2000円の交通費がかかるのが痛いので転職活動を進めていますが、時期が遅かったのか、なかなか決まりません。もっと早く転職活動をしていれば運送業の求人も多かったのに、完全に判断を失敗してしまいました」
一方で、冒頭にも記したように、トップドライバーはコロナ禍でも売り上げを大幅に落とすことはない。平均的ドライバーからは「うらやましい」「同じ人ばかり稼げてズルい」「いつも同じ人ばかり長距離客を乗せている」といった声も聞こえてくる。しかし、トップドライバーは簡単に高い売り上げを上げているわけではなく、人一倍努力しているのだと、現在も高い売り上げを誇るYさんは語る。
「『売り上げ落ちなくてすごいね、うらやましいよ。(運を)持ってる人は違うね』などとよく言われるんですが、私も影響は受けていますよ。同じ売り上げを出すのに以前は18時間労働で済んでいたところ、今は20時間に増やしていますからね。しかも、客を送っている最中でも、その客を降ろしてから次をいかに早く乗せるかを、今までよりずっと深く考えているので、気の休まるときなんてないんです。稼げない人は環境のせいにしていますけど、私は『こんなときでも、どこかに客はいる』と思い続けて努力しているんです。どうしても乗せられそうにないときは、休憩と客待ちを兼ねて効率を上げていますし、客の乗せやすい走り方を日々試行錯誤しながら、自分の営業をアップデートしているんです」
トップドライバーの効率的な仕事術とは
具体的にどのように効率をアップしているか、話を聞いたので、簡潔にまとめてみよう。たとえば、タクシードライバーは法定で8時間ごとに1時間、もしくは6時間ごとに45分の休憩時間が定められている。この規定により、20時間勤務するとしたら最低2時間は休憩を取らなくてはならない。会社によっては、過労運転防止のため独自に3時間以上の休憩を義務付けていることもある。
トップドライバーはこの2~3時間の休憩時間も、ただ休んでいるわけではなく、一流ホテルや病院などでの客待ちに充てている。たとえば、休憩しつつ長距離客の出やすいポイントで待つことで、必須の休憩を取得しながら効率を上げているのだ。
長距離狙いでなくとも、最寄りの客待ちポイントや無線の出やすい地域に向かい、そこで休憩をしつつ客待ちをすると、客待ちのロスタイムは必須の休憩時間となる。実質のロスがなくなり、効率アップにつながるわけだ。客待ちはのんびり睡眠を取ることもできないので、本来ゆっくり休みたい休憩時間を使って客待ちをしているだけでも努力である。
また、多くのドライバーは、客を降ろした場所が自分の苦手な地域であれば得意な地域に帰って営業をするが、トップドライバーは違う。客を降ろしてから、いかに早く次の客を乗せるかを考えるので、地域を選ばず営業していることが多い。たとえば、銀座に戻る際も高速使用ではなく、少し遠回りしてでも客を乗せられそうなルートを選ぶこともある。
不慣れな地域で客を乗せたときに道がわからなくて困らないよう、仕事明けの日にさまざまな地域の地理を勉強しているし、勉強不足な地域であっても、接客力を磨くことでうまくコミュニケーションを取って営業していることもある。
また、走りながら客を探す「流し営業」においても、他のドライバーを出し抜いて早く乗せるために、客の出やすいポイントを研究し、場合によっては他のタクシーを先に行かせて、自分はそのポイントで虎視眈々と客の出現を待つといった工夫もしている。日々、客がどこで乗車するかを覚えておく必要があり、これも営業努力と言えるだろう。
連日勤務するナイト勤務のドライバーであれば、長距離客に名刺を渡し、お抱えドライバーになることもある。業界で言うところの「客を持つ」手法だ。
「簡単に稼げる仕事」が激変で二極化が加速
もともと、営業の世界は弱肉強食だ。天性のセンスや運でトップになれるほど甘くはなく、トップセールスを誇る営業マンは、人並み外れた努力を怠らずにのし上がった者がほとんどだ。その陰で、契約の取れない営業マンは営業努力が足りないという理由で容赦なく解雇されることもあるだろう。
同様に、今後はタクシードライバーも弱肉強食の流れが強まるだろう。サラリーマン同士の飲み会は避けられ、そこからの帰宅需要は激減したままとなり、外国人観光客は戻らず、営業で頻繁にタクシーを利用していた企業もテレワーク化が加速し、需要は以前の水準に戻るとは思えない。
よって、一部の努力を怠らないドライバーが高収入を得て、その他の多くのドライバーは収入が激減したままになると感じる。そして、厳しい労働環境と上がらない売り上げに嫌気がさして、退職する者も多くなると思われる。
コロナ前は、それなりの収入を得られるとあって、リストラなどで職を失った者の第2の就職先として人気があったタクシー業界。東京都心であれば年収600万円以上を稼ぐドライバーも少なくなかったが、前出のYさんは語る。
「今までが簡単すぎたのかもしれません。年収600万円といえば、中小企業だと中間管理職、飲食業などの場合は店長クラスで、よほどやる気がないとなれないですし、労働時間が長く責任も重いですから。確かにタクシードライバーは事故や違反で職を失うリスクもあるので、リスク分の収入とも思えますが、それにしても、今までは簡単に稼げる仕事だったなと思います。今は確かに厳しいですが、厳しい中で稼ぐ方法を考えている人は、コロナが終息して需要が少し戻った際には、営業力がアップして、もっと稼げるドライバーになっているでしょうね」
稼げる人はより稼ぎ、稼げない人はより稼げなくなるという二極化が予想される中で、タクシードライバーとして成功するには、何としてもがんばりたいという強い意志が求められそうだ。現在も一部のタクシー会社は求人広告を出しているが、新型コロナの影響で失業したからといって、半端な覚悟でタクシー業界に飛び込むのは避けた方がよさそうである。
(文=前川佳樹/ライター兼タクシードライバー)