2019年度決算の売上高でホームセンター業界1位に躍り出た「カインズ」。コロナ禍以降も業績好調で波に乗っているカインズが、9月初旬から約7200品もの商品を、セール価格などではなく恒久的な値下げに踏み切っており、注目を集めている。
この好調下で値下げをするということは、カインズにはいったいどういった意図があるのだろうか。経済ジャーナリストの寺尾淳氏に解説してもらった。
増えた新規顧客を常連顧客にするための値下げ施策
なぜカインズはこの売上好調時に商品の値下げという戦略を打ち出したのか。
「マーケティング用語で“常連顧客”のことを“ロイヤルカスタマー”と呼びますが、カインズはコロナ禍で増えた新規顧客をロイヤルカスタマーとして引き込むために、値下げという手段を取ったのでしょう。
そもそもカインズだけでなく、ホームセンター業界全体がコロナ禍で好況となっています。コロナ禍で休業せざるを得なかった業種が数多くあるなか、生活必需品を売っているホームセンターは、東京都が休業要請した業種に入っていませんでした。さまざまな業種が休業しており、顧客の立場からするといつも商品を買っている店舗が閉まっているため、ホームセンターに行ってみようと考えた方が多かったのではないでしょうか。つまり、今までホームセンターに行ったことがなかったり、あまり行く習慣のなかったりした方々の来店機会が増えたことが、ホームセンター各社が新規顧客の取り込みに成功した要因だと思います。
そして業界1位のカインズは攻めの戦略として、約7200点もの商品の値下げを行うことで、またカインズに行きたいと思ってもらい、新規顧客をロイヤルカスタマー化しようと考えているのでしょう。値下げをすれば当面の利益が下がってしまう可能性は高いですが、長期的な安定につなげていくため、目先の利益減少は覚悟のうえでの戦略のはずです」(寺尾氏)
カインズは新規顧客にリピートしてもらい、純増した顧客数をキープするために値下げに踏み切ったと考えられるが、これが引き金となって業界全体で値下げ競争が始まるということは考えられるのだろうか。
「私は、その可能性は極めて低いと考えています。というのも、競合のホームセンター各社はカインズに比べると利益率が悪い会社が多く、値下げに踏み込める財務の余裕があまりないように感じられるからです。ですから、業界全体がコロナによる影響で売上を伸ばしているさなかではあるものの、競合他社はカインズの真似をしようとしてもできないというのが実態ではないでしょうか」(寺尾氏)
カインズの値下げ施策には、独走態勢の地盤を固めるべく、さらに競合他社を突き放そうという意図もあるのかもしれない。
業界1位に躍り出た理由は“地の利”と“商品戦略”
そもそもカインズは、どういった戦略で業界トップの座に躍り出たのだろうか。
「カインズが成功した理由の一つには“地の利”がありました。カインズは現在、全国に約220店舗展開していますが、本社のある埼玉県にそのうちの約30店舗が集まっています。そして埼玉は今、小売業にとって“黄金の地”と言えるエリアとなっているのです。
埼玉がそのように呼ばれるようになった理由としては、首都圏1都3県の中で埼玉は一戸建て居住の比率が高く、一人当たりの平均県民所得を見ると千葉、神奈川とあまり変わらないのに、東京や神奈川より地価指数が低いというデータが出ているからです。つまり、埼玉県民は所得のうち住宅ローンや家賃に充てる額が比較的少ないといえるため、DIYや家の補修、ペット飼育、ガーデニングなどにお金を割けるというわけです。そういった背景から、ホームセンターに来店する習慣のある人が他県に比べて多いと考えられています。
また、東京をドーナツ型で囲う千葉県も埼玉県と同様の傾向にあるため、埼玉をメインとしたその首都圏を囲うエリア一帯に集中して店舗を出店したことが、カインズが成功した最大の要因といえるでしょう」(寺尾氏)
寺尾氏は、もう一つの要因も挙げる。
「ホームセンター各社はPB(プライベートブランド)にも力を入れていますが、カインズのPBが近年、女性顧客に大変好評でファンを取り込んでいます。カインズの企業努力によるPB商品戦略が功を奏しているのです。まとめると、地の利を活かした店舗展開とPB商品戦略が当たったことが、2019年度にカインズが業界1位に躍り出た勝因だと考えられます」(寺尾氏)
奇しくもコロナ禍が追い風となったホームセンター業界において、新規顧客をロイヤルカスタマー化するために、値下げ施策に打って出た王者カインズ。しかし、カインズや競合のホームセンターがその好況を維持できるかどうかについては、不確定要素が多いようだ。
「コロナ禍によってテレワークが普及しましたが、アフターコロナでもテレワークを実施し続ける企業がどれだけ多いかに、ホームセンター業界の売上は左右されると思います。というのも、ホームセンターはサラリーマン家庭がメインの顧客対象ですから、在宅勤務が定着したままであれば、おのずと消費は多くなると予想できます。
ですから、アフターコロナでも週3日以上のテレワーク頻度を維持する企業が多ければ、今の売上が維持されるでしょう。逆に言うと、テレワークを取りやめる企業や、テレワークの頻度を週1日、週2日とする企業が多いと、在宅勤務で膨らんだ現在の需要はしぼんでいってしまう可能性があります。
さらにもう少し先の未来の話をすると、テレワークが定着して東京一極集中が緩和していけば、地方創生が進みIターン就職やUターン就職が増え、地方の一戸建てに住みたいという需要が増えるでしょう。そうなれば、ホームセンター業界は今以上に活発化していくのではないでしょうか」(寺尾氏)
不確定要素が多いからこそ、カインズは今のうちにロイヤルカスタマーを増やそうと値下げ施策に踏み切ったのかもしれない。
(文=A4studio)