日立製作所が、主要子会社である日立建機の株式売却検討に加え、日立金属の売却手続きに入った。それらの実現は、日立がソフトウェア開発や社会インフラ関連(交通、エネルギー、産業活動、都市空間を支えるインフラ)事業への“選択と集中”を目指して進めた事業ポートフォリオ再編の完結を意味する。
日立の選択と集中を支えたのは、経営トップの危機感と明確な事業戦略の策定だ。リーマンショック後、当時の日立トップだった川村隆氏はデータ利用の重要性と社会インフラ分野での成長の可能性をいち早く見抜き、事業ポートフォリオ再編に着手した。それは中西宏明氏に引き継がれ、加速化された。現社長の東原敏昭氏は子会社売却などを進め、成長期待が高い事業の強化に取り組んだ。そうした取り組みにはさまざまな意見があるが、選択と集中の有言実行は称賛に値する。
世界経済の現在の状況を踏まえると、ソフトウェアと社会インフラの一体開発を重視する日立の事業戦略には相応の説得力がある。今後、日立が次世代の通信規格などを念頭に置いたソフトウェア開発や社会インフラシステムの創出力を高め、成長を実現する展開を期待したい。
完成形に近づく日立の事業ポートフォリオ再編2>
リーマンショック後、日立は総合電機メーカーからの脱却を目指し、ひたむきに事業の選択と集中を進めた。その根底には、日立を一から作り直さなければ長期の存続は難しいという経営トップの強烈な危機感があった。
重要なポイントは、経営トップが変わっても、目線がぶれなかったことだ。その背景には、中長期的な世界経済の変化や技術の方向性を把握し、どういった分野の成長期待が高まるかを理解するトップの力があった。そうした力を持つ人物が経営の指揮にあたることは、事業ポートフォリオを再編し、組織を構成する人々の意識を変えるために欠かせない。
日立が取り組んだ選択と集中は、日本企業にとって参考になる点が多い。どれだけ大きな企業であっても、トップの意識次第で大きく変わることができる。かつて、日立に就職することは、多くの人にとって安定・安心した人生を送ることを意味したといっても過言ではないだろう。
リーマンショック後、日立はそうした経営風土を根本から改めようとした。2009年3月期決算において日立は7873億円の最終赤字に陥った。そのタイミングで、同社は子会社のトップを務めていた川村氏を呼び戻し、経営の意思決定を委ねた。川村氏は、今後の世界経済の変化の中で日立が成長するには、従来のような重電や家電ではなく、情報通信技術の高度化への対応が欠かせないと判断した。
同氏は、IT技術によってさまざまな機器やインフラが相互に接続し、データの重要性が増す社会の到来を念頭に、上場子会社の完全子会社化など経営改革に着手し始めた。その取り組みは中西氏に引き継がれた。日立はハードディスク駆動装置(HDD)を米ウエスタンデジタル社に売却し、テレビの生産終了、三菱重工との火力発電事業の統合等を進めた。それは、退路を断った改革というにふさわしい。
その上で、現トップである東原氏は、日立化成などの上場子会社を売却し、得られた経営資源を、AI(人工知能)を用いたITプラットフォーム構築と社会インフラ事業の強化に再配分した。日立金属と日立建機の売却の実現は、川村、中西両氏から東原氏に引き継がれた事業再編が完結の時を迎えたことを意味する。
社会インフラとソフトウェアを一体開発
現在、日立が実行している事業戦略は、社会インフラとソフトウェアの一体開発・提供だ。日立は既存のモノ(家電や重電関連の製品)の生産から、データの分析や活用を支えるソフトウェアの開発力を強化し、より良い社会を支えるインフラ創出を目指している。各国政府にとってインフラの運営は長期的な取り組みだ。また、新しいインフラ技術の実用化は、よりより経済と社会の実現に不可欠だ。世界経済の変化が加速化する環境下にあって、日立が長期的な需要が見込める分野に注目している点は大きい。
日立の取り組みを見ていると、同社はデータとして人の動線を捉え、需要創出につなげようとしている。新型コロナウイルスの感染拡大によって明らかになったように、人の動線が絞られると需要は低迷する。反対にいえば、データを分析し人の移動の傾向などを把握できれば、より効率的な事業の運営や需要創出の可能性は高まる。
日立の鉄道事業を例に考えてみよう。従来の製造業の発想では、旅客や貨物を輸送する手段としての鉄道車両の生産が目指された。しかし、リーマンショック後の日立は、車両の設計・開発・生産に加えて、信号システムなどの鉄道の運行管理、駅の運営などを支えるソフトウェアを一体化して提供する体制の整備に取り組んだ。言い換えれば、同社は車両単品ではなく、その運行システムや関連する不動産の管理などを支える“社会インフラシステム”の開発を重視している。日立が米国で列車制御システムを受注したのは、システムとインフラの一体開発力向上の成果といえる。
ソフトウェアと社会インフラの一体提供は、2つの点において重要だ。まず、世界経済全体で、設計・開発と生産の分離が加速化している。デジタル家電分野ではユニット組み立て型による生産が世界に浸透し、新興国企業の台頭が顕著だ。そうした変化への対応として、日立が人工知能を用いたプラットフォームを開発し、データ分析による事業機会の獲得やソフトウェア面での開発力の強化を重視していることは、世界経済のデジタル化への対応策として有効だ。
次に、世界的にインフラ整備需要が高まっている。特に、新型コロナウイルスの発生を境に、景気対策としてのインフラ投資が世界全体で重視されている。それに加えて、環境に配慮した物流システム構築の点でも鉄道輸送の重要性が増している。
日立に期待する“しなやかな組織体制”の確立
日立がソフトウェアと社会インフラの一体開発力を強化するために、事業ポートフォリオ再編が完結することは大きい。それによって、同社は成長期待の高まる分野により注力できるだろう。
日立がより多くの新しい取り組みを進めるために求められるのは、変化に能動的に対応できる組織を整えることだ。それは、ある意味では、しなやかな組織を確立することと言い換えられる。
今後、世界経済の環境の変化はさらに勢いづくだろう。中長期的な視点で今後の展開を考えると、世界経済全体でIT関連投資は増大するだろう。それに伴って、世界経済の変化のスピードは一段と加速するはずだ。
具体的には、自動車分野では中期的にはCASEへの取り組みが進み、バッテリーを搭載してネットワーク空間に接続し、自律的に走行する自動車の利用が進む。長期的に考えると、自動車は都市空間の一部に組み込まれ、移動するビジネスなどの空間としての機能を発揮する可能性がある。そうなると、自動車の所有形態が個人から法人所有にシフトしていくことも考えられる。
また、コロナショックで明らかになったように、EC(電子商取引)の普及も加速化し、物流の重要性は一段と増すだろう。世界経済のDXが進むことによって、世界全体でデジタル技術を取り入れたインフラ整備の重要性も高まる。また、今後は環境対策への各国の取り組みも強化される。再生可能エネルギーを用いた持続可能な経済活動の実現のために、インフラ関連技術の革新も進むだろう。
このように考えると、日立にとっての成長機会は増大する可能性が高い。それを収益に結び付けるために経営者は、これまでの経営風土になじんだ人々のマインドに、常に学習し、新しい発想の実現を目指すことが成長に不可欠だという意識を定着させなければならない。そのために、日立がテレワークや“脱ハンコ”に取り組んでいるのは重要だ。
その上で、日立がソフトウェア面の強化に取り組み、新しい技術の企画・設計・開発、さらには実現を目指す展開を期待したい。新しい技術が、人々の生き方を変え、新しい動線を生み出す。そうした意味での新しい製造業を目指すために、日立にとって、人々がどん欲かつひたむきに、新しい発想の実現をめざす組織カルチャーを醸成することの重要性が高まっている。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)