「週刊少年ジャンプ」(集英社)に連載されていた大ヒットマンガ『鬼滅の刃』(作・吾峠呼世晴、集英社)のコミックスと映画化の歴史的な成功は、このところ明るい話に乏しかった出版業界にとって、今年最大のトピックだった。だが、「ジャンプ」連載陣の快進撃は『鬼滅』のみで終わらなさそうだ。クリスマス商戦のさなか、とある「ジャンプ」作品が首都圏の大手書店で急遽入手困難になりつつあり、注目を集めている。芥見下々氏の手がける『呪術廻戦』だ。コミックスは既刊13巻で累計1000万部で、“ポスト鬼滅”の呼び声も高い。
10月3日からTBS・MBS系列で放送されているアニメ『呪術廻戦』(制作MAPPA)が人気に火をつけ、第1話放送開始以降、Twitter上でも以降、関連ワードがトレンドに入っている。作品世界で一つの区切りとなる第13話が25日深夜に放送される予定で、今後もしばらく話題を呼びそうだ。
クリスマスプレゼントに買おうとしても品切れ
同作品は、「呪い」をテーマにした現代劇。「辛酸」「後悔」「恥辱」といった人間の負の感情が生み出す「呪霊」が人を死に追いやる日本が舞台だ。人間の呪いの王・両面宿儺の魂を宿してしまった仙台市出身の高校生、虎杖悠仁が東京都立呪術高等専門学校に入学し、暗い過去を背負った仲間たちと立ち向かうというダークファンタジーだ。
マンスリー紀伊国屋書店ベストセラーランキング(11月24日~12月23日)のコミックス部門では、1~24位までが鬼滅、25~30位を呪術というようにきれいにジャンプ作品が押さえた。実際、11月中旬くらいから、既刊も含めてコミックスが売れるようになったようだ。
今月22日、開店直後の千葉県内の書店に駆け込んでいた40代男性は次のように話す。
「高校生の長女にクリスマスプレゼントに呪術廻戦のコミックス全巻を要望されたので、購入しようとしているのですが、どこにもなくて……。重版がかかったというインターネット上の噂を信じて、外回りを中断して寄ってみたんですが、ここにもありませんでした。もう時間もないし、メルカリで買うしかないのかもしれません」
実際、大手書店では売り切れが続出しているようだ。東京都豊島区のジュンク堂池袋本店のコミックフロア担当者は話す。
「現在、全巻売り切れ中です。重版の配本を待っている状態です」
作中で登場した仙台銘菓「喜久福」も売り切れ
すでにメルカリ上ではコミックス全巻を割高で転売する業者も現れているようだ。だが、人気はコミックスの売り上げだけではない。
作者の芥見氏は盛岡市出身の28歳。「ジャンプ」作品『幽☆遊☆白書』『HUNTER×HUNTER』の作者、冨樫義博氏(山形県出身)のアシスタントを経て、2014年にデビューした。東北の土地勘があるためか作品内ではちょくちょく東北の模様が描かれているのだが、作中で登場した仙台銘菓「喜久福」がインターネット上で大反響を呼んだ。同商品を製造・販売する「お茶の井ケ田」(仙台市青葉区)はコラボ商品をネット上で販売したものの数分で売り切れたという。
別の漫画雑誌を編集する集英社関係者は、次々にヒット作を打ち出す「ジャンプ」編集部を次のように解説する。
「『呪術廻戦』の人気は、その世界感がまさに新型コロナウイルス感染症の影響で、ネットやメディアであふれ出る“負の感情”を目の当たりにせざるを得ない現状とマッチしているのが大きいと思います。日本の呪いに関する考証もしっかりしているし、バトルシーンもスピード感と迫力がある。また、おどろおどろしいテーマにもかかわらず、登場人物たちが抱える闇の描き方やそれを乗り越える姿が颯爽としていてかっこよく仕上がっています。人気が出るのもうなずけます。
『ジャンプ』編集部では数年前くらいから、大御所の連載陣の終了が相次ぎ、社内では今後の展開が危惧されていました。その背景には高齢化する『ジャンプ』読者層の若返りをはかりたいという思いがあったと聞いています。そのために、まず連載陣の若返りや、世代交代を図らなくてはいけない。すでに多くの固定ファンを持っている大御所作家の作品を切るのは大変勇気がいることだったと思いますが、結果として『鬼滅』の吾峠先生や芥見先生などの若手漫画家にうまくバトンタッチができたということだと思います。
また、『鬼滅』がきれいに最終回を迎えたように、どんな人気作品でも、作者の意志を大事にして無駄な引き伸ばしはしないという編集姿勢も、読者に好意的に受け止められていると思います」
「ジャンプ」のチャンレジが長引く出版不況を切り開くヒントになるのか。今後も注目される。
(文=編集部)