俳優の中井貴一さんと天海祐希さんが夫婦役を演じ、「自宅で生ビールを飲む、飲まない」のちょっとしたいざこざを経て、結局サーバーから注ぎ立ての生ビールをおいしそうに飲むというテレビCMが流れている。工場直送のビールを家庭用サーバーで楽しめるキリンビールの「ホームタップ」である。キリンビールは生ビールを定期的に顧客宅に届ける「ホームタップ」の本格展開を始めた。サーバーを貸し出し、定期的に生ビールを宅配するサブスクリプション(定額制)だ。
キリンが無償で家庭向けの専用サーバーを貸し出し、1リットルのボトルに詰められたビールが月2回定期的に自宅に届く仕組みだ。価格は月4本で8250円(税込み)、8本で1万2430円(同)。配送料や備品代を含む月額3190円の基本料金が含まれている。
国産ホップを使用した最上級ブランドの「一番搾りプレミアム」のほか、キリンが注力するクラフトビール(地ビール)を季節ごとに揃え、毎月3~4種類を用意する。「ホームタップ」で提供するクラフトビールのほとんどは缶製品として購入できないため、「ここでしか飲めない」点が付加価値となる。
泡のきめ細かさにこだわっている点が特徴。ビールを愛飲する30~60代の需要を取り込む。サーバーには保冷機能があり、ビール容器をセットすると開栓から48時間保管できる。20年末の会員数は2万人。21年2月時点では約3万人。年末には会員数を現在の3倍強にあたる10万人に引き上げる計画だ。
キリンビールの布施孝之社長は都内で開いた会見で「ビール市場は徐々に縮小しているが、コロナ禍などで環境が変化している。新たな挑戦で市場全体をもっと魅力的にする」と語った。
サブスク実現までに悪戦苦闘の日々
家庭用サーバー事業は首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)で100人程度を対象に2015年に開始した「ブルワリーオーナーズクラブ」が嚆矢(こうし)だ。17年、「ホームタップ」を開始。開始直後から申し込みが殺到したが、17年秋から1年超にわたり会員募集を停止した。「1万5000人待ちの月額ビール」として話題を呼んだ。
「キリンはサブスクをやれるのか」と懸念する声が上がったが、19年1月中旬から抽選という条件下で再び会員の募集を始めた。当選者を新規会員として迎え入れ、19年4月、サービスを再開した。
キリンがサービスの再開に1年以上を費やしたのは、サーバーの仕様を抜本的に見直したからだ。「ホームタップ」の会員規模を拡大するうえの必須条件が、「誰でも使えるサーバーの開発」だと考えたからだ。
19年6月から東京・銀座にあるクラフトビールの直営店で平日1杯、月2496円のサブスクを始めた。クラフトビールの月額課金は全国で初めてだった。クラフトビールの専門店を運営する子会社、スプリングバレーブルワリーが銀座店限定で行った、1杯250ミリリットルのビールを最大17種類の中から選べるサブスクである。
現在CM中の「ホームタップ」では、人気があるクラフトビールの「スプリングバレー」「ブルックリンブルワリー」「グランドキリン」などを扱う。「ホームタップ」は19年に会員募集を再開したものの、20年、サーバーの供給体制が整わず、プレ契約から本契約に至るまで最大8カ月待機してもらうケースも出た。供給体制が整備されたことで、サブスクの本格展開となった次第である。17年にサブスクを開始して4年を経過。ようやくサブスクが日の目を見たわけだ。
アサヒ、サントリーも家庭用サーバーに参戦
アサヒビールは21年5月25日、家庭用生ビールのサービス「ドラフターズ」を始める。持ち運びできる専用サーバーを貸し出し、主力の「スーパードライ」の「ミニ樽2リットル」缶2本を毎月2回に分けて工場から直接宅配する。氷点下の温度まで冷やす「エクストラコールド機能」も揃える。
価格は月額7980円。このうちビール料金(送料込み)は2リットル缶2本で4990円。追加ビールは1本1980円だ。初年度は3万人を上限に抽選とする。サントリービールは缶ビールに外側から添えて注ぐと細かい泡ができる「神泡サーバー」を売り出す。約11センチの小型サーバーが高速で振動して細かい泡をつくる。キャンペーンの景品だったが、昨今の家飲み需要に対応する。価格は税込み980円。4月下旬から自社サイトなどで販売する。
ビール大手各社は暑い日に冷えた生ビールをグビッ、と自宅でも飲めることを売りにしたサービスに力を入れる。サブスク普及のカギを握るのはやはり価格。基本料金に配送料や備品代が含まれるから、当然、価格は高くなる。
キリンの「ホームタップ」の場合、330ミリリットルのビアクラス1杯当たりで計算すると、月4本コースで421円(税込み)、月8本コースで385円(同)となり、缶ビールに比べて割高だ。とはいえ、自宅で本格的な生ビールが飲めることやサーバーから注ぐという特別感、クラフトビールのように「ここでしか飲めない」という付加価値を考えると、受け入れられる価格の差だとキリンは考えている。
最低契約期間がこうした会員制宅配サービスの普及のネックになる。キリンの場合、1年間の長期利用が前提となっている。長期契約だと途中解約ができなかったり、解約すれば解約手数料が発生したりするので二の足を踏む消費者は少なくない。ビール大手が趣向を凝らす生ビールのサーバー争奪戦。夏の生ビールの季節に最初の結果が出る。勝つのはどこだ。
(文=編集部)