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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~CAが危ない!ANAの正体(6)

ANA、コクピット内で機長が副操縦士に壮絶パワハラ…退職者続出、乗客の安全脅かす

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
ANA、コクピット内で機長が副操縦士に壮絶パワハラ…退職者続出、乗客の安全脅かすの画像1
片野坂真哉ANAホールディングス社長(写真:つのだよしお/アフロ)

ANA(全日本空輸)はCA(客室乗務員)だけでなく、パイロットもコクピットでパワハラの被害にあっているような惨状なんです」

 本連載中、筆者のもとに情報提供してきたANAの現役パイロットA氏(イニシャルではない/以下同)はこう肩を落とした。コクピットは機長と副操縦士の2人きりの密室で、ハラスメントがもともと起きやすい環境だ。世界の航空業界では運航の安全を保つため、コクピット内では上下関係は守りつつ、お互いが言いたいことを言い合える関係をつくることが機長の責務とされているが、それと完全に逆行する。A氏が提供してくれた証拠とともに、ANAのコクピットでのパワハラの実態を明らかにする。

機長昇格訓練で副操縦士に罵詈雑言を投げかける2人のパワハラ機長

 さっそく、A氏が提供してくれた機長のB氏とC氏のパワハラの証拠を見ていこう。以下は、一般乗客が乗る通常営業便での副操縦士の機長昇格訓練で発せられた、機長による暴言のごく一部である。通常便でこの訓練が行われるのは一般的であることを踏まえた上で、まずはB氏の事例から。

「まず、お前は社会人として失格。自分の周りの同級生と比べてみろよ。どうなんだ? よっぽどお前は劣った人間だよな? よっぽど皆さんのほうが頑張って社会人してるよな? そんな奴が偉そうに人並み以上の待遇にあぐらをかいて、ましてや機長昇格に手を挙げてるなど論外。人としてその感覚を疑う」

「(家族の体調不良のためスケジュールの一部変更を実施したところ、)そんなインチキしようとするお前も馬鹿なら、体調悪くなったっていうお前の嫁も家族も全員馬鹿だ」

「Light類(筆者注・計器類)の呼び方がイカれてるな、このバカ。(注・他の機長から受けたアドバイスを話すと)そう指摘してきたのはどこのバカだ? そんなバカの言うことを真に受けるお前は、さらに救いようのないバカ。猿より酷い」

(怒り狂った罵声とATC<管制無線>が被ったので「機長、ATCが被ってます」と言ったら)「聞こえてるよ! バカじゃねえの?」と絶叫の後、10秒近くこちらを凝視し「おまえマジでムカつくな、マジイカれてるわ」

「お前は誰のアドバイスも受け入れない駄目人間。殿様みたいに生きてきたんだろ。楽しいよな? 一生そうしてりゃいいじゃんか。そのまま仕事やめちまえよ。俺が簡単に突き落としてやるから」

 日時や便名は、このメモを提供してくれたA氏の特定につながるため、差し控える。ただ、文言をご覧にいただくだけで、2人きりの密室で「指導」という名の下に、このような罵詈雑言を投げかけられ、ときには十数時間一緒にいなければならない副操縦士の心中を想像してほしい。このB氏は常に副操縦士を怒鳴りつける癖があるというから尋常ではない。

 次に別の機長C氏の、同じく副操縦士に発した暴言をみていく。

「俺のこと舐めてるのか」

「俺が誰だか、分かっているのか」

「俺の評価次第で簡単にお前の訓練止められるんだからな」

 C氏は、操縦中の副操縦士に対して手を叩くなどの暴力を働くこともあったという。この場合、一時的に操縦桿やスロットルなどの操縦システムが手放し状態になり、非常に危険なことはいうまでもない。また、自動操縦が入っていたとしても、それが解除される可能性が高い。別の機長と副操縦士が操縦している時、副操縦士の真後ろの補助席から操縦席を蹴ることもあったという。機種問わず営業便でこのような蛮行が行われているといい、旅客が乗っているという自覚がないとしか思えない。

 さらに、C氏は空港内通路でたまたまぶつかった他社パイロットや、送迎を担当するハイヤー運転手に怒鳴り散らすなどの問題行動も証言として得ている。

 ANAでは、今回メモが提供されたB氏、C氏を含めたパワハラパイロットの被害者は多く、A氏や同僚が知り得る範囲でも、ハラスメントが原因で退職や休職に追い込まれた人間はここ10年で最低10名程度、存在するという。

機長昇進がかかった副操縦士は密室で我慢するしかない

 コクピットは「密室」でパワハラが起きやすい環境だということは先ほど書いたが、それ以外にも冒頭のような昇格訓練・試験は点数化されないため、合否は教官・審査官のさじ加減一つと非常に主観的なことも大きな要因となっている。副操縦士は訓練生であり完璧な操縦など不可能であり、口実をつけて不合格にすることなど容易にできるというわけだ。訓練生にとっては、パイロット人生がかかった大事な試験であるため、仮にパワハラの被害を受けても我慢するしかないと考えても仕方ない。

 さらに、機長は航空法により絶大な権限が法律で与えられており、多少のことをしても業務上必要だったといえば、まかり通る土壌もある。あるベテランパイロットは、怒鳴りつけるようなパワハラ指導には意味がないと断じる。

「訓練生は立派な大人であり、そもそも怒鳴りつけて何とかするという発想自体が相手を対等に見ていない証拠。それでは信頼関係など築けるはずがない。最大で数百人という乗客の命を預かるわけですから、他人にどうこう怒鳴られる前に自分を律せないような人間は、そもそもパイロットに向いてませんしね。

 機長の仕事は、副操縦士を普通に指導して合格レベルに引き上げることです。怒鳴りつけるというのは自分が優位に立ちたいという心理の現れでしょうが、単なる自己満足にすぎません。本当に墜落するような事態が訪れたら、それこそ2人で協力して立ち向かわなければならないのに、普段から怒鳴られるのを恐れて副操縦士を委縮させているような状態では乗客の命が危ない」

大韓航空墜落事故は機長のパワハラが原因

 この副操縦士を委縮させてしまうコクピット内でのパワハラが、墜落事故につながった例がある。1999年12月22日に発生した大韓航空8509便墜落事故だ。この事故では、大韓航空のボーイング747型貨物機が英ロンドン・スタンステッド空港からミラノ・マルペンサ空港に向けて離陸した直後に墜落し、乗員4人全員が死亡した。

 この事故の直接原因は機体の姿勢を示す計器の故障であるが、誤った姿勢を示していたのは機長側の計器のみであり、副操縦士側の計器ならびに予備の計器は正常に動作していたことがわかっている。副操縦士や航空機関士が異変に気づき、操縦を担当する機長に対して適切なフィードバックを行えれば回避できたはずの悲劇だが、異常なコックピット環境がそれを困難にした。

 当時の大韓航空は空軍出身のパイロットを採用することが多く、採用時には軍隊時代の階級が重視される傾向があった。この便の機長の階級は元大佐で、合計飛行時間は1万3,000時間以上。B747型の操縦経験が100時間以下と「若葉マーク」の副操縦士に威圧的な言動を投げつけることが多かった。

 事故報告書によると、離陸準備が整った段階で、管制により1時間以上も待機させられた機長は不機嫌になり、特段のミスを犯したわけでもない副操縦士を侮辱するような言い方で繰り返し罵倒していた。

 本来、機長と副操縦士は安全運航を共に遂行する「パートナー」であるが、当時の大韓航空の企業文化では「主人」と「手下」のように明確な上下関係があり、先のような威圧的な雰囲気のもと、副操縦士が機長の操縦に関して異議をさしはさむことは非常に困難な状況だった。また、後席に座る航空機関士は機体が危険な状態にあることを比較的早くから把握し、機長に対して必要な注意喚起を行っていたが、機長はこれも黙殺した。機器が故障し、鳴り響く警告⾳の中で「主⼈」が不適切な操縦を続けることで墜落に⾄ったことに、筆者は恐怖を感じざるを得なかった。

 この後、大韓航空はコクピット内のコミュニュケーションや意思決定を是正するなどの「クルー・リソース・マネジメント(CRM)」を導入し、企業体質の是正に取り組んだ。米デルタ航空の副社長を大韓航空社長に招聘するなど、抜本的な改革が行われた結果、この事故以降、墜落事故は一度も起きていない。1980-90年代にかけて数多くの墜落事故やインシデントを発⽣させていた歴史を考えれば、快挙といえるだろう。

現役パイロット「ANAでは公益通報制度が機能していな
い」

 現役ANAパイロットのD氏は「ANAのパイロット全員がパワハラ体質というわけではない」と強調しつつも、現状について以下のように話す。

「航空業界で怒鳴り散らす機長や教官自体は珍しくありませんが、その内容は『スピードが遅い!』など非常に単純なものが多い。ところがB氏、C氏の場合は『オレの匙加減で副操縦士のお前の未来などどうにでもできる』といった脅しとしか取れない怒鳴り方をする。機長という管理職にもかかわらず、感情をコントロールできていないと疑われる行為が連発されており、世界中で導入されているCRMとは正反対です。

 さらに、問題が根深いのは、ANAがこの状態を事実上容認していることです。会社には『アラートデスク』という公益通報システムがありますが、現実にはまったく機能していません。パワハラを指摘しても、対応は遅く『法的にも問題はない』と病んでいる社員を切り捨てて、まともな調査をせずに最終見解を出してくるのです。当然、加害者はなんのお咎めもありません。パワハラ常習者が管理職だからということもあり、問題にしたくないのかもしれません。

 ANAには名前を明らかにして会社が契約している弁護士事務所に相談できるシステムもありますが、パイロットの世界は絵にかいたようなムラ社会で、そんなことをすれば会社に残ることは不可能です。ANAは会社として乗客の命に関わるようなこの問題に真剣に向き合っていないといわざるを得ない」

ANAもJALと外航並みのパワハラ撲滅の体制整備を

 JALの複数の関係者にパイロットのハラスメント状況について取材をしたところ、JALは2010年の経営破綻前はANAと同様の状況だったが、現在は健全化されており、「性格がめんどくさいパイロットはいるが、パワハラで有名という話はまったく聞かない」(JALの現役CA)という。

 また、外資系航空会社では副操縦士がパワハラ受けた場合、社内通報制度によりすぐに調査対象となるので、ANAのように事実上放置されることはなく、機長が指揮下の副操縦士に高圧的な態度をとった時点で解雇事由となるケースもあるという。

 筆者も含めた一般客が何も知らず空の旅をするなか、操縦席ではパワハラ機長が立場の弱い副操縦士を怒鳴り散らし、ミスを指摘できない雰囲気が醸成される可能性が現実に存在するとは非常に恐ろしい。パワハラ体質をもつANAのパイロットは一部であるとしても、大韓航空の事故のような事態が起きてからでは遅すぎる。ANAは⼀⽇も早く是正措置をとるべきだ。

(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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