昨今、新聞社の新聞販売店(以下、販売店)に対する「押し紙」が問題になっている。これは明らかな不正であり、さまざまな問題を内包しているが、取り締まるはずの公正取引委員会(以下、公取委)は何も動いていない。
実際に押し紙問題に関与したことのある弁護士という立場から、押し紙の実情と公取委の動きについてお伝えする。
社会的になんのメリットもない押し紙
押し紙とは、新聞社が販売店に注文部数を超えて新聞の買い取りを強制する行為であり、独占禁止法19条で「優越的地位の濫用」として禁止されている違法行為だ。販売店としては、必要以上の部数を新聞社から買い取ることで経営が圧迫される。そのため、新聞社より立場の弱い販売店を不公平な取引から守るために禁止されているわけだ。しかし、この押し紙は新聞業界に広く蔓延しているといわれており、筆者の実感としても同様だ。
押し紙は「新聞の購読部数が水増しされている」という理由で問題となることが多い。たとえば、新聞広告の広告料が購読部数によって決められていれば新聞社の広告主に対する詐欺行為に該当する可能性があり、それが政府広報物であれば税金が無駄に消費されていることになる。つまり、押し紙は社会的にはまったくメリットのない不正なのである。
昨今、押し紙が注目を浴びているのは、大手マスメディア、特に新聞社にとって“アキレス腱”であることが指摘されるようになってきたからだ。押し紙が是正されれば、それまで販売店に押し売っていた分の収入が減少することになり、部数減少に伴って広告収入も大きく減少することは間違いない。結果的に、新聞社が倒産あるいは紙媒体からの撤退を余儀なくされるという見方もある。
証拠があっても放置する公取委
そこで、「押し紙を取り締まる公取委は何をやっているのか」と疑問に思う方も多いだろう。答えは極めてシンプルで、筆者の知る限り「何もやっていない」のである。
筆者は、押し紙の実態について公取委に告発をすれば「少なくとも、調査ぐらいはするだろう」と思っていた。しかし、実際は、一応の話を聞き「ほかにも協力してくれそうな販売店はないか」と尋ねただけで、その販売店を紹介しても特に進展はなかった。
筆者のかかわった事案では、少なくとも新聞社が販売店に押し紙をしていることは証拠上も明白であった。そこで「販売店が証拠とともに申告すれば、さすがに調査くらいはするだろう」と思っていたのだが、その期待は見事に裏切られた。こうした筆者の経験に鑑みても、公取委が押し紙の調査をすることはほとんどないのが現状だろう。
押し紙で経営破綻する販売店…自殺者も
では、なぜ公取委は販売店からの申告を放置するのだろうか。市井の弁護士は答えを持ち合わせていないが、おそらくは高度の政治的配慮ではないかと推察する。いずれにせよ、公取委が動かないことによって多くの販売店が見捨てられている現実があることは見過ごされてはならない。