あの超高収益企業が、「前代未聞の働き方改革」で驚異的成果を実現していた
日本という国は、どうも熱しやすく冷めやすい国民性のようだ。ブームが来たかと思うと、1年後には別のものに熱中していたりする。そうした性格が企業の業績を押し上げる場合もあるが、その一方で、ブームが去ったあとに在庫の山だけが残るということにもなりかねない。企業としては注意が必要だ。
今騒がれている「働き方改革」も一過性のブームに終わらないか心配だ。働き方というのは企業も個人も永遠に向き合わなければならない本質的な課題で、決して一過性のものではない。
世の中が「働き方改革」と騒ぐ前から、それを実現してきている会社がある。半導体ウェハーを切断する装置で世界シェア8割を誇るディスコという会社だ。
いい管理会計/わるい管理会計
ディスコの2017年度決算(2018年3月期)をみてみよう。売上高は1,673億円と5期連続で過去最高を記録している。営業利益509億円、営業利益率に到ってはなんと「30.5%」だ。これは、国内はもちろん、世界の製造業のなかでもトップレベルの数値といってよい。
なぜ、このような好業績を残せているのだろうか。半導体業界の好業績に支えられている面もあろう。あるいは、ディスコが磨いている技術力と、そこから実現される製品力が優れているためであろう。しかし、それだけではない。正確にいうと、そうした優れた製品を生み出すための経営の仕組みにあると思う。それが、WILL会計と呼ぶ独自の管理会計だ。
普通、管理会計と聞くだけで、ノルマを課されるいやな仕組みだと思うかもしれない。実際、顧客訪問件数、特許出願件数などのノルマや、あまり意味があるとは思えない経費削減のプレッシャーで苦い思いをした読者も多いと思う。
ところが、ディスコのWILL会計は違う。社員が働きやすく、かつ会社の業績もよくなる仕組みなのだ。まさに真の働き方改革といってよい。
痛み課金とWILL報奨
2003年、ディスコはWILL会計という独自の管理会計制度を導入した。その源流は京セラのアメーバ経営だが、ディスコは独自にアレンジし、部門間の「喜怒哀楽」を罰金と報奨でやりとりする制度に昇華させ、進化させ続けている。その象徴が「痛み課金」と「WILL報奨」だ。
痛み課金とは、他部署に迷惑をかけた場合の罰金制度だ。たとえば、売れ筋の装置でキャンセルや納期変更が発生した場合、営業部門は製造部門に製品価格の一部を「違約金」として支払う。出張旅費の精算が15日以上遅れた場合、その社員の所属ユニットは経理部門に1日につき15万円の延滞金を支払う、といった具合だ。
営業部門がしっかり顧客を管理していれば、製造部門は他の顧客を優先させることができたはず。出張旅費も決められた期日に清算すれば、経理が余計な残業をする必要もなくなる。要は働き方改革に水を差しているのは他部署の「怠慢」なのである。つまり、痛み課金は他部署に迷惑をかけたお詫び料ともいえる。
痛み課金は、会社の備品や設備といったサービスでも発生する。会議室を使うのに、高級ホテル並みの使用料が発生する。キャンセル料もかかるため、部門の採算を考えると、「絶対に必要な会議」の時にしか予約しない。この制度を導入してから、無駄な会議が急減したという。それまでは会議室が足りないという声が圧倒的であったが、制度導入後は十分に足りている状態だ。
一方、WILL報奨は、他部門に恩恵を与えた場合に支払われる報奨金だ。営業部門と製造部門の関係でいえば、営業部門が3カ月前に製品の出荷月を製造部門に宣言すれば営業部門は製品価格の10%を報奨として受け取れる。早めに注文を出せば、それだけ製造部門が余裕を持って生産計画を練ることができる。完璧な顧客情報を1回で入力しても、営業が報奨を得る。製造部門が必要な項目を聞き返す手間が省けると考えるためだ。
このように、課金と報奨がディスコ社内では網の目のように張り巡らされている。
部門間WILLから個人WILLへと進化
WILL会計は当初、部門間の社内仮想通貨として導入されたものだ。導入から8年後の2011年には、社員一人ひとりの仮想通貨に進化している。個人の懐が黒字になれば、その仮想通貨を使って、社内でマッサージを受けたり、ジムを使ったりすることができる。
さらにWILL会計は進化し、2013年には社内プロジェクトへのファンディングとしても使えるようになった。社内稟議を通らなかった案件も、社員たちに提案して仮想通貨による資金を集めることができる。たとえば、その資金をもとに製品化し、それが利益をもたらせば、出資者に配当金が支払われるのだ。
WILL会計の真の狙いは、社員一人ひとりの意識改革と行動変革を促すことにある。会社が望む方向に組織と社員を誘導していく。そのための方法論としてWILL会計を導入している。相手の不利益になる行動にお灸を据え、意識改革と行動変革を促すことがこの制度の目的である。真の働き方革命と呼ばれる所以である。
その成果は驚くほどだ。過去には、経費精算を忘れた社員に500万円が課金されたこともあるという。部門長が必死で部下を指導するのは当然だ。多くの部下が経費精算を忘れると、その部門があげた数百万円の利益が吹き飛んでしまう。これは部門長にとって大打撃だ。そうした部門長の痛み(あるいは喜び)を社員一人ひとりまで共有してもらうようにした仕組みが個人WILLなのである。導入して数カ月で効果が現れてきた。個人WILLを導入した2011年、痛み課金とWILL報奨で動いた金額は140億円にものぼる。
さらに個人WILLは社内リソースの再発見という副次的効果も生んでいる。
毎年、ディスコは世界3000社の取引先を相手に「顧客満足度調査」を実施している。調査書の自由欄には、9カ国語で自由にコメントが書かれる。わずか数行のコメントだが、翻訳するために海外の営業所や外部の翻訳会社に依頼していた。
個人WILLが導入された翌2012年3月の顧客満足度調査時に、1ワード20円で社内オークションにかけたところ、900件の翻訳業務が瞬く間に社内で片付いてしまったのである。「いつもは頭を下げてお願いするのに、今回は『本業以外で貢献できてうれしい』と感謝された」とはCS推進担当者の驚きの声だ。本業には直接関係のない特技を持つ社員も少なくない。そうした人材を活かすことで、キャッシュアウト(資金の社外流出)が確実に減っていくのだ。
ディスコのWILL会計は絶えず進化している。企業が成長するフェーズにある時には、社員が自律分散的に働ける仕組みをつくることこそ、社長の役目といえる。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授)
【参考文献】
●『ダントツ企業』、宮永博史、NHK新書、NHK出版(2018年2月)
●特集ディスコ、日経ビジネス、2018年6月11日号
●第79期(2018年3月期) ディスコ決算報告
●ビジネスケース ディスコ、一橋ビジネスレビュー2012年春号
●ディスコ 会社員が“切る・削る・磨く”に集中している、週刊東洋経済、2010年6月19日号
●有訓無訓、溝呂木斉(ディスコ会長)、日経ビジネス 2010年9月13日号
●ディスコ 関家一馬社長、テレビ東京 カンブリア宮殿 2012年3月1日放映
●ディスコ、切・削・磨で世界一、日経ビジネス 2010年7月12日号
●V字回復の秘訣は“痛み”の共有に、日経ビジネス2011年8月1日号
●世界一の秘密 ディスコ、日経産業新聞2011年11月7日
●ディスコ 超絶!”アメーバ経営”、日経ビジネス2012年6月18日号
●社内マネーで私も事業主、日経産業新聞2015年6月4日