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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

東京の過剰なビル建設、ツケを払うのは私たち一般労働者だ…大手不動産会社も銀行も無傷

文=加谷珪一/経済評論家

 その結果、銀行は国債の売却代金として日銀当座預金に振り込まれた資金を、何もせずそのまま積み上げた状態にしている(これを金融業界では“ブタ積み”と呼ぶ)。

 銀行はお金を貸すのが商売なので、資金を遊ばせていることは収益の低下につながる。実際、銀行は収益低下の懸念から前代未聞のリストラを実施する状況となっており、経営環境は厳しい。

 こうしたなか、銀行にとって唯一、安心して融資できる先が、都心の不動産案件ということになる。量的緩和策によってあり余ったマネーの一部が、都心の不動産開発に押し寄せており、これが都心の建設ラッシュを引き起こしている。

空室リスクはあるのか?

 
 では、こうした過剰なオフィスビル建設に弊害はないのだろうか。よく指摘されるのが、建設ラッシュ終了後の空室リスクである。だがメガバンクと大型ビルのオーナーに関していえばそのリスクは低い。なぜなら、大型ビルを竣工したオーナーは空室リスクを避けるため、多少、賃料を下げてでも周辺のスペックの低いビルからテナントを奪ってくるからである。

 大きな利益を得ることはできないかもしれないが、新しいビルが不動産物件として回らなくなるということはない。銀行にとって貸し倒れになるリスクはほぼゼロといってよいだろう。

 では新規の大型ビルにテナントを奪われた中型ビルのオーナーはどうなるだろうか。当然のことだが、今度はさらに周辺にある小規模のビルからテナントを奪ってくる。その結果、もっとも競争力の低い、小型ビルのオーナーにシワ寄せが行くことになる。

 不動産はビジネスサイクルが長いので、需要と供給のアンバランスが顕在化するまでに時間がかかる。いつまで持ちこたえられるかという点についてもビルオーナーの体力によってさまざまなので、供給過剰の影響が明らかになるのはかなり先のことになるだろう。

 だが不動産というのは、実需以上に存在することができないのもまた事実である。必要量以上に不動産を供給した場合には、必ず社会のどこかに歪みが出てくることになる。最終的にその負担を負うのは、実は労働者である可能性が高い。

最後に負担するのは一般労働者

 
 経済学的に考えると、まだ使えるビルを壊して新しいビルを建設したり、実需以上に建物をつくった場合、本来、処理しなければならない減価償却(マクロ経済では固定資本減耗と呼ぶ)以上に減価償却が発生することになる。

 一方、労働者の賃金や投資家への配当というのは、企業が得た付加価値から減価償却を差し引き、残った利益の中から捻出される。
 
 安倍政権は日本の公的年金を従来の国債運用から株式運用にシフトしたので、公的年金は日本のあらゆる上場企業の大株主となっている。年金財政は逼迫しており、企業からの配当がなければ年金の支払いに支障が出ることから、企業にとって配当を犠牲にするという選択肢はもはや存在していない。

 利益を捻出するためには労働者の賃金を減らす以外に手段がなく、結局のところは、つくり過ぎたインフラのツケを支払うのは一般労働者ということになる。

 だがこうしたメカニズムは外から見えにくい。増えた供給をカバーできるほどの経済成長が実現できない限り、ジワジワと労働者の生活を圧迫していくことになるだろう。
(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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