カジュアル衣料「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは、11月29日に開催予定の株主総会で、柳井正会長兼社長の長男・一海氏と次男・康治氏が取締役に昇格する。両氏は現在、ファストリのグループ執行役員に就いている。
ファストリの社内取締役は柳井氏のみで、ほかに5人の社外取締役がいる。今回の人事では、番頭役の最高財務責任者(CFO)、岡崎健・グループ上席執行役員も取締役に昇格する。同社が柳井氏以外に社内の取締役を置くのは2008年以来10年ぶりのことになる。
柳井氏は、一海氏を国際人に育てるために外国で教育を受けさせた。スイスで学べるスイス公文学園高等部から米ボストン大学に留学。同大学院でMBA(経営学修士)を取得し、米金融大手のゴールドマン・サックスに入社。投資銀行部門を経て米リンク・セオリーに移る。リンク・セオリーは百貨店を中心に「セオリー」ブランドを展開しているアパレル会社。日本法人のリンク・セオリー・ジャパン社長を女優・萬田久子さんの内縁の夫だった故・佐々木力氏が務めていたことで知られている。
09年7月、ファストリがTOB(株式公開買い付け)でリンク・セオリーの日本法人を完全子会社にした。一海氏は11年11月、リンク・セオリー・ジャパンの会長に就任。12年に兼任でファストリ本体の執行役員になった。
次男の康治氏は横浜市立大学卒業後、三菱商事に入社し英国に駐在。12年9月にファストリに入り、翌年、執行役員に抜擢された。現在はユニクロで販売戦略の責任者を務めている。
「絶対に世襲はしない」――。かねて、そう宣言してきた柳井氏だが、今回の人事は世襲への布石と受け取られかねない。
この点について柳井氏は、「2人が経営者になるということではない。私がいない場合でもガバナンス(企業統治)が利くという意味だ」と10月11日、都内で開いた決算会見の席上で、こう強調した。柳井氏は常々、「長男や次男は経営を執行するより、会長や副会長の立場から会社のお目付役となる」と説明してきた。
ただ、長男・次男の取締役昇格は、後継者選びに失敗した際の保険との見方もある。これまで柳井氏は後継者選びにことごとく失敗してきたためだ。これまでも柳井氏は大企業出身者をスカウトし、後継者に据えることを考えたが、次々と柳井氏のもとを離れていった。大企業出身者がファストリから脱出した理由は、「上場会社とは名ばかりの“柳井商店”そのものだから」(ユニクロ元幹部)といわれている。
日本で最大&最強の同族会社
【ファーストリテイリングの大株主と持株比率】(2018年8月期末時点)
柳井正、21.67%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口)、18.06%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)、10.48%
テイテイワイマネージメントビーヴィ、5.01%
柳井一海、4.51%
柳井康治、4.51%
有限会社Fight&Step、4.48%
ファーストリテイリング(自社株口)、3.82%
資産管理サービス信託銀行、3.47%
有限会社MASTERMIND、3.40%
上位10人の大株主のうち、自社株を除いた9人(社)は、柳井氏のファミリーである。4位のオランダ国籍のテイテイワイ社は、柳井氏が保有していたファストリ株を譲渡された。その目的は「配当金を主な原資として、社会貢献活動を永続的にかつ幅広くグローバルに実施すること」としているが、実際は節税対策という指摘もある。
オランダには資本参加免税制度というものがあり、発行済み株式の5%以上を継続保有していれば、配当および売却益は非課税。ファストリの18年8月期の配当は1株当たり440円。テイテイワイ社が受け取る配当金は23億3640万円。これが非課税になるため、柳井氏はこの配当分について日本で税金を払わなくて済む。
Fight&StepとMASTERMINDは、柳井家の資産管理会社だ。信託銀行3行はすべて柳井家が信託したもの。信託銀行名義の分を合わせると、持株比率は実に75.59%に上る。18年8月期には、352億円の配当金を得た計算になる。長男と次男が受け取る配当金は、それぞれ21億円強だ。
米経済誌「フォーブス」 がまとめた2018年の日本人長者番付によると、1位はソフトバンクグループの孫正義氏の2兆2930億円、2位が柳井正氏の2兆210億円。2人とも自分が起業した会社の株式を大量に保有し、しかも、株価が上昇している点で共通している。
ファストリ株の大半を柳井ファミリーで押さえている。会社をほぼ個人で所有しているという点では、中小企業と同じだ。大企業出身者が見切りをつけて逃走したのは、「日本で最大、最強の同族会社」であることと無関係ではない。大企業の文化で育った人々には理解を絶するものだったに違いない。
苦戦するアパレル企業のなかでユニクロが一人勝ち
ファストリの18年8月期の連結決算(国際会計基準)の売上高にあたる売上収益は前期比14%増の2兆1300億円、営業利益は34%増の2362億円、純利益は30%増の1548億円だった。売上収益は初めて2兆円の大台に乗り、純利益は8月期決算としては2期連続で過去最高を更新した。
海外のユニクロ事業が業績を牽引した。海外の売上収益は27%増の8963億円、営業利益は63%増の1188億円。海外売り上げの約5割を占める中国は27%の増収だった。中国では店舗数を633店と78店増やした。電子商取引(EC)も伸びた。東南アジアではフィリピンやインドネシアも好調だった。ユニクロ事業の海外売上収益が初めて国内を上回った。
国内のユニクロ事業は売上収益が7%増の8647億円、営業利益は24%増の1190億円。冬場にヒートテックやダウン製品を、夏場は猛暑を背景に機能性素材のエアリズムなどが伸び、既存店売上高は6%増となった。ECでの売り上げは29%増となり、国内ユニクロ事業の7%を占めた。
カジュアル衣料品店GU(ジーユー)事業は、売上収益が6%増の2118億円、営業利益は13%減の117億円。値引き販売が営業減益の原因になった。ユニクロに代わる新たなグローバルブランドを育てるために立ち上げたグローバルブランド事業の売上収益は9%増の1544億円、営業段階で減損損失を計上したため41億円の赤字となった。
国内のアパレル企業が苦戦に陥るなか、ファストリは一人勝ちの状態だ。小売業の時価総額ランキング(10月15日終値時点)では、1位がファストリの5兆6791億円で、2位のセブン&アイ・ホールディングスの4兆2407億円に大差をつけている。
柳井氏が目指すのは世界一のアパレル企業だ。ライバルでもあるZARAを手掛ける世界最大手、インディテックス(スペイン)の18年1月期の売上高は253億ユーロ(約3兆4000億円)。2位のH&Mブランドのへネス・アンド・マウリッツ(スウェーデン)の17年11月期の売上高は2000億クローナ(約2兆6000億円)と、ファストリとの差は大きい。
柳井氏は、世界一を達成するために売上高5兆円という高い目標を掲げる。
「今年はいよいよ本格的にヨーロッパに打って出る」
18年元旦、社員向けメッセージで柳井氏は、こう宣言した。これに先立つ17年秋には、世界首位のZARAの本拠地、スペインに初出店した。さらに今年8月、H&Mのお膝元であるスウェーデンのストックホルムに初出店。欧州は、ユニクロにとって鬼門。過去に英国で業容の大幅縮小を迫られ、いまだユニクロの世界売り上げの5%にすぎない未開拓の地だ。
現在2兆円の売り上げを5兆円に引き上げるには、力仕事が必要だ。柳井氏は来年2月で70歳になる。かねて70歳での社長退任の可能性を示唆してきた。しかし、まだ力仕事を託せる後継者を見つけることができないでいる。そこで、とうとう柳井氏は「創業者なので引退しない」と、終身現役を宣言した。お眼鏡に叶う後継社長が見つからない場合は、柳井氏が後見人として息子のどちらかを社長に就けることもあり得る。
(文=編集部)