かつて働いていたという彼に質問してみると、「これはおいしくないよ」との答えです。この界隈はシティで働く富裕層がビジネスの接待に使う場所で、特に日本食はセレブにとって「ヘルシーで盛り付けが美しい」ということでとても人気があります。しかし、1本2~3万円のボトルも珍しくないフランスやイタリアの高級ワインに比べて、最高級の日本酒でもそれほど高くありません。そうすると、クライアントの手前、格好がつかないということで、お客は「もっと高い日本酒を出してほしい」とお店に注文をするのです。そのため、お店は日本のメーカーに依頼して特別につくらせているとのことでした。
それにもかかわらず、残念ながら、ハーブ入りの日本酒はひどい代物でした。欧米人にしてみると、日本酒も日本食もよく知っているわけではないので、値段で判断するしかないのでしょう。接待の場で、「これは1匹3億円のマグロを使った寿司だよ」とクライアントを驚かして、ビジネスに結び付けたいビジネスパーソンはいくらでもいます。銀座おのでらもお客に最高のマグロを提供することが第一の目的であるとは思いますが、それ以外にも高いマグロを求める“理由”があるのかもしれません。
演奏会は高級社交場
音楽家である僕が、なぜこんな話をしたのかというと、欧米では演奏会自体が“高級社交場”になっている側面があるからです。「日本に来る海外のオーケストラやオペラ劇場は高すぎる。向こうに行けば3000円くらいで聴けるよ」と言う方もいますが、実際には、本場でもすべての座席が安いわけではありません。世界最高峰のニューヨークのメトロポリタン歌劇場を例にとると、通常でも、最高額は450ドル(約4万9000円)程度になります。結果的に、そのような席に座っているのは、やはりセレブばかりですし、そんな特権意識を共有しながら人脈を広げていくのが欧米流なのです。これは、欧米発祥のロータリークラブや、ライオンズクラブなどを見ていても同じではないでしょうか。
しかし、海外のオーケストラやオペラの来日公演と違うのは、現地では学生や年金暮らしの音楽好きの方々が気軽に座れる、とても安い席も提供されていることです。それが現地の強みであり、文化の分厚さともいえます。そして、“我が町のオーケストラ”として、まるで地元の野球チームを応援するかのように、特別な気持ちを持って演奏会に行くのが彼らにとって最高の贅沢なのです。
文化の土壌は違えど、日本のオーケストラやオペラも、今や欧米と肩を並べるレベルです。皆さんも、“自分たちの”オーケストラやオペラ団体を探してみてください。
(文=篠崎靖男/指揮者)