建設大手の大成建設が新しいビジネスへの展開を狙って、再生可能エネルギー関連事業などへの取り組みを強化している。洋上風力発電に加えて、同社は二酸化炭素を利用した地熱発電にも取り組み始めた。その他にも、同社は建設分野での計画・調査、施工管理などにデジタル技術を導入するなど、新しい取り組みを加速している。
その背景には、“このままでは生き残れない”という同社経営陣の危機感の高まりがある。特に、脱炭素という世界経済のゲームチェンジの影響は大きい。世界的に見て日本の脱炭素への取り組みは遅れてしまった。その状況が続けば、日本経済は世界経済の変化から取り残されるだろう。
そうした危機感が大成建設を自己変革に向かわせたといえる。大成建設は製造過程での二酸化炭素排出量が7割少ないコンクリートを実用化するなど、脱炭素に対応して生き残る力を強め、さらなる成長を目指そうとしている。そうした企業の増加が日本経済の中長期的な成長実現に不可欠だ。
大成建設が直面する世界経済のゲームチェンジ
2012年以降、世界経済の回復を背景とした建設、土木需要の増加に支えられて、大成建設の業績は緩やかに拡大した。ただし、2018年以降の受注額は減少傾向にある。その背景には複数の要因がある。日本では経済が縮小均衡に向かい、建設需要は徐々に減少している。他方、アジアの新興国を中心に建設需要は増加しているが、中国共産党政権が「一帯一路(21世紀のシルクロード経済圏構想)」を推進し、中国の国営・国有企業などの海外進出が加速した。その結果、国内外で大成建設は競争の激化に直面している。その上にコロナ禍が発生し、同社の収益環境は不安定化している。
競争激化の要因として、脱炭素の影響は大きい。世界経済全体で化石燃料の消費を減らし、再生可能エネルギーの利用を増やそうとするゲームチェンジが加速している。それは、21世紀版の産業革命といっても過言ではない。欧州では洋上風力や水力など再生可能エネルギーを用いた電力供給が増えている。電気自動車(EV)など自動車の電動化も加速している。欧州委員会は車載バッテリーなどの原材料の調達、生産、廃棄・リサイクルまで製品のライフサイクル全体で排出される二酸化炭素の量によって製品を評価するライフ・サイクル・アセスメント(LCA)や炭素の国境調整の導入に取り組んでいる。
米国でも、バイデン政権が1.75兆ドル規模の歳出法案によって気候変動対策などを強化し経済成長につなげようとしている。その状況下、日本の脱炭素への取り組みは遅れている。2030年度時点の国内の電源構成に占める石炭火力の割合は19%と見積もられており、廃止のめどはたたない。
逆に言えば、技術とコスト面で事業化が可能な再生可能エネルギーの利用手段を増やすことは、大成建設が新しい需要を生み出したり、再生可能エネルギーの利用を念頭に置いたインフラ改修や整備需要を取り込んだりするために欠かせない。大成建設にとって、建設以外の分野で新しい需要創出に取り組む重要性が日ましに高まっている。
地熱発電と洋上風力分野などでの具体的取り組み
大成建設の具体的な取り組みの一つが、地熱発電だ。2000年代に入り、世界的に地熱の利用は増加した。国ごとにみると、米国、インドネシア、フィリピンなどで地熱発電能力が引き上げられている。トルコやケニアでも地熱発電が急速に増えている。脱炭素の加速によって、発電などのための地熱利用は増加するだろう。
他方で、日本の地熱資源保有量は世界第3位といわれているが、利用は増えていない。その理由として、地熱がある地域が国立公園周辺に多く開発に規制がかけられていることや、温泉旅館業界からの協力取り付けといった課題がある。
そうした状況下、大成建設は地熱で二酸化炭素を温め、それを用いてタービンを回して発電する技術の開発に取り組み、収益源を多角化しようとしている。具体的なポイントは2つ指摘できる。一つ目は、地下水を利用せず、二酸化炭素を発電の手段として循環的に利用する技術の確立だ。アジア新興国では地熱利用に関する技術力が十分ではない。二酸化炭素を用いた地熱発電技術の確立は、同社が脱炭素分野での需要をより効率的に取り込むために重要だ。
もう一つが、地域産業の育成だ。欧州などでは、地熱を利用したリゾート施設が運営されている。また、コロナ禍によって都市から地方へ生活の拠点を移す人が増えた。大成建設が規制当局や地域との交渉を重ねて地熱利用により多くの理解と協力を取り付けることは、新しい収益源と地域産業の育成につながる可能性を秘める。
大成建設は洋上風力発電事業にも取り組む。日本にとって、洋上風力発電は再生可能エネルギーの利用増加の切り札に位置づけられる。しかし、日本には、洋上風力発電に用いられる大型の風車を生産する企業がない。
その状況下、大成建設は浮体式洋上風力発電に必要な部品開発への進出を表明した。中長期的な展開を考えると、大成建設が本格的な洋上風力発電システムの開発、それによって得られた電力の配送電、蓄電技術の開発に取り組む展開もあるだろう。大成建設は脱炭素を新事業育成のチャンスに生かそうとしている。
重要性高まる事業運営のスピード向上
新しい事業の育成のために、大成建設は事業運営のスピードを引き上げなければならない。競合相手より先に新しい技術を生み出し、需要を獲得できるか否かが問われる。
脱炭素やデジタル化など、大成建設を取り巻く事業環境の変化は一段と加速化する。たとえば、欧州委員会はLCAなどによって世界経済の脱炭素関連のルールを策定し、世界各国がEUの価値観に従う環境を整備しようとしている。国際ルールの策定をめぐる主要国間の覇権争いは激化する。石炭火力発電を重視する日本はそうした国際的な議論に乗り遅れ、企業の競争力は一段と低下する恐れが高まっている。
その状況下、大成建設は実力を高めて、長期の存続力を磨かなければならない。建設や土木分野では、生産工程で二酸化炭素排出量の少ないコンクリートの利用や、建機の電動化、省人化の重要性が増す。
既存、新規分野での新しい取り組みを強化して、収益源を多角化するためには、アライアンス結成や買収戦略の実施、強化の重要性が一段と高まる。その上で大成建設は各分野の専門家(プロ)を獲得し、組織の集中力と士気を高めなければならない。それが、迅速な技術面の課題克服や事業運営体制の強化に不可欠だ。反対に、新しい取り組みが他社に遅れると、大成建設が脱炭素の加速化などに対応することは難しくなるだろう。その場合、同社の組織全体に現状維持の心理が強く浸透し、事業構造の変革を進めることはかなり難しくなる恐れがある。
見方を変えると、大成建設の事業変革は、日本経済がこれまでの発想を続けるか、改革を進めて新しい経済運営を目指すかの分水嶺を迎えたことを示唆する。1990年代初頭のバブル崩壊後、日本は公共事業関連の予算を積み増し、建設・土木分野などでの雇用の維持を重視した。その結果として、日本経済全体で在来分野からITや脱炭素など成長期待の高い先端分野への生産要素の再配分は難しくなった。
大成建設は過去の発想から脱し、組織全体のダイナミズムを高めて新しいビジネスモデルを確立しようとしている。同社経営陣が世界経済の環境変化にしっかりと対応する組織を作り、どのようなペースで自己変革のギアを上げるかが見ものだ。
(文=真壁昭夫)