「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
食品メーカーや飲料メーカーを取材しながら「日本の食生活」を調べると、「高度成長期に定着した飲食は強い」と感じることが多い。
「外食」では、ハンバーグやステーキ、カレーなどがそうだ。和食の人気も高いが、いずれも時代とともに味・中身が進化しており、こうした定番メニューを駆逐するほどの新ジャンルはほとんど出てこない。
自宅での食事をさす「内食」はどうだろう。コメ離れの一方でパンや麺類を食べる機会が増えており、小売店ではさまざまな商品が並ぶが、やはり定番が強い一面がある。簡単・便利なレトルトや、パック入り味付けの食品も多種多様だ。
今回はそのなかで、内食でつくる「麻婆豆腐」(ソース)に注目してみた。家庭向けに浸透させたメーカーの商品が発売50周年になると聞いたからだ。
現在でも売れゆきは堅調という。どんな取り組みで消費者と向き合っているのか。トップブランドを取材しながら考えた。
半世紀の間、味の基本は変えていない
「丸美屋の『麻婆豆腐の素』は、1971年に発売されました。現在も麻婆豆腐市場では約50%を占めています。発売50周年を記念した商品『黄金の麻婆豆腐の素』『黒麻婆豆腐の素』も、2022年3月31日までの期間限定で販売中です」
新井信吾さん(丸美屋食品工業 マーケティング部 中華即席チーム係長)は、こう話す。
ひき肉などの具材が入っており、基本的に豆腐を用意すれば簡単な調理で仕上がる「麻婆ソース」市場は、たとえば「Cook Do」(味の素)や「理研ビタミン」「新宿中村屋」といった競合がある。そのなかでも半数のシェアを持つのは、不易流行(時代とともに変えること・変えないこと)を意識した施策が見逃せない。
「発売以来、商品の基本はほぼ変えていません。過去にうまみとコクを高め、ひき肉を増量したことはありますが、消費者が求める味の世界観を維持してきました」(同)
たとえば味付けへのこだわりは、大きく次の3点に分けられる。
(1)「鶏がらスープの旨みとこだわりの醤(ジャン)」
(2)しょうがとニンニクの風味を効かせた、ねぎ入りのトロミ粉で「食欲をそそる香り」
(3)厳選したでん粉を使用した「絶妙なトロミ」
そして、「2回分入り」も発売時から変わらない。
昨年の“巣ごもり特需”の反動で今年は対前年割れだが、2019年比では104%だという。
簡便だが「ちょい足し」をする消費者が多い
「中華料理店とは違う家庭の味」という「麻婆豆腐の素」のつくり方は、次の通りだ。
市販の豆腐を細かく切る。同封のトロミ粉を水で溶く(トロミ粉液)。
→フライパンに麻婆豆腐の素(1回分)、水180ml、豆腐を入れて火をつけ、軽く混ぜながら煮立ちさせる。
→いったん火を止め、トロミ粉液をかき混ぜてから入れて全体を混ぜ合わせる。
→再度火をつけ、中火で全体を混ぜ合わせながら煮込み、トロミがついたら火を止める。
今回、筆者も久しぶりにつくったが、簡単だった。「何かを足す」消費者も多いようだ。
「別に用意したひき肉を足したり、ねぎや春雨を足したり、ご家庭によってそれぞれ味が違うと思います。片栗粉を用意しなくてすむのも消費者からは好評です」(同)
50年の歳月では、消費者もどんどん代替わりしたはずだ。
「多くの人は、子どもの時にご家庭で食べる味が最初です。子どもが幼い頃は『甘口』で、小学校高学年ぐらいから『中辛』に移るケースが多いようですね。大人になってからも『あの麻婆豆腐の味』と思い出していただく方も多い。調理が簡単なので、1人暮らしをする男性にも支持されています」(同)
ここまで浸透したのは、日本人になじみ深い豆腐を使う、簡単にできる、多くの人に受ける味、という要素が大きいのだろう。好みによってはラーメンにかけるなど汎用性も高い。
発売当時は「知らない味」に苦戦
丸美屋食品は、ふりかけで有名だ。なかでも「のりたま」は長年トップブランドで同社の大黒柱。昨年で発売60周年を迎えた同商品に次ぐ柱として、「麻婆豆腐の素」が開発された。
「麻婆豆腐の素の前年に『とり釜めしの素』が発売されてヒット。その勢いに乗って開発されました。世の中もレトルトカレーやインスタントラーメンが浸透した時代でした」(同)
市販のレトルトカレーは「ボンカレー」(大塚食品、1968年発売)が最初で、即席麺は「チキンラーメン」(日清食品、1958年)によって広まり、1960年代後半には現在もロングセラーの袋麺ブランドが誕生していった。そんな時代の1971年に発売したが……。
「発売当初『麻婆豆腐の素』は苦戦しました。主な理由は、当時なじみのない料理だったこと。麻婆豆腐はまだ一部の高級中華料理店でしか取り扱っておらず、町中華のメニューにない時代で、大半の人には未知の味だったのです」(広報宣伝室課長・青木勇人さん)
当時の開発スタッフが首都圏の団地を1戸ずつ訪問して無料サンプルを手渡すローラー作戦や、小売店への地道な営業活動を行った。転機は2年後の「オイルショック」だった。
原油価格の高騰からさまざまな噂が流れ、「日用品が買えなくなる」とパニック状態になった消費者が小売店に殺到した。トイレットペーパーや洗剤の買い占めが有名だが、その影響で食品在庫もさばけ、麻婆豆腐の素も売れた。これが全国各地の人が味を知る一因となった。日本の麻婆豆腐は家庭から浸透し、「身近になったのは1980年頃から」だという。
時代に合わせて「甘口」「辛口」「大辛」を投入
味の基本設計は変わらないが、時代とともに消費者の好みは変わっていく。
「近年では2017年頃から『マー活』と呼ぶブームが起き、麻(マー)のしびれるような辛さを楽しむ消費者が増えました。当社でも花椒を効かせた本格的な味わいの『贅を味わう 麻婆豆腐の素』が売れています」(新井さん)
同社の味のバリエーションを時系列的に紹介すると、発売時は現在も一番人気の「麻婆豆腐の素(中辛)」のみで、1970年代に「甘口」(1978年)、「辛口」(1979年)を発売。ここから34年ぶりに「大辛」(2013年)を追加投入している。2019年には「鶏しお味」も発売されたが、まだ一般にはなじみが薄いようだ。筆者の仕事関係者に麻婆豆腐の感想を聞いた際、多くの人から「鶏しお味があるのですか」と驚かれた。
また、派生商品として「麻婆茄子の素」(あっさりみそ味/こってりみそ味)「麻婆白菜の素」「麻婆キャベツの素」「麻婆もやしの素」を展開している。以前はふりかけチームでマーケティングを担当した新井さんは、中華即席チームに異動すると、自分で一通りつくってみた。
「実は、麻婆味は何にでも合い、食材に合わせてそれぞれ味を変えています。もちろん好みは人それぞれですが、個人的には茄子と麻婆は相性がいいな、と感じました」
消費者の「めんどくさい」にメーカーはどう向き合うか
少し引いた視点で考えると、近年の消費者心理のキーワードには「めんどくさい」もある。
たとえば、即席麺では袋麺よりもカップ麺を好み、即席カレーではルーよりもレトルトを好む。1人暮らしが最多世帯となるなど家族形態が変わり、家族と同居していても食事時間や味の好みが異なるという側面もあるが、それだけではないだろう。
カレールーでは、別の取材で「調理時に野菜を切って煮込むのではなく、市販の野菜ジュースで味付けする消費者も増えた」という話も聞いた。「時短」「効率性」重視だが、「面倒を減らす」行為でもある。こうした時代性に、メーカーはどう向き合っているのか。
「たとえば、当社には『セット米飯』と呼ぶカテゴリーがあり、売れゆきは好調です。ごはん+具材入りソースで、中身を米飯の上にのせてレンジでチンするだけで出来上がります」
18種類あり、「麻婆丼」は「ビビンバ」「とり釜めし」に次ぐ売れゆきだという。「消費者にとってレンジは調理器具」と聞いたのは10年ほど前だろうか。今や当たり前となった。
なぜ日本の消費者は、何かをかけたがるのか
ふりかけや麻婆豆腐の素など、白いごはんに何かをかける食文化を浸透させてきた同社に、あえて哲学的な質問もしてみた。なぜ日本の消費者は、何かをかけたがるのだろうか――。
「食生活の多様性もあると思います。その昔、白いごはんが“銀シャリ”と呼ばれて高級品だった時代は、何かをかけるという人は少なかったですが、今はカレーライスやカツ丼、当社の商品でいえば、ふりかけやお茶漬けなども一般的です。お子さんも白いごはんよりも何かをかけたものを好み、学校の米飯給食でも白飯だけを出すことが減っています」
簡単・便利の延長で、皿の数が少なくてすむという意識もあるようだ。食器洗いが面倒なだけでなく、水やお湯を使う量が減るので環境にもやさしいといえる。
1人世帯向けへの訴求をどう考えるか
麻婆豆腐の素の今後の課題は何だろうか。
「さらに消費者意識と向き合うことだと思います。将来的には、1人世帯がより増えると予想されます。そうした小口の需要にどう訴求するか。麻婆豆腐への愛着は世代を問わずに強いので、今から51年目に向けて、着手していきたいですね」
実は、一番売れるのは1月。「おせち料理が終わった時期」だというのも興味深い。
冒頭で記した「高度成長期に定着した飲食」も、歴史にあぐらをかくと淘汰される時代だ。志の高いメーカーの開発現場には、「新商品は発売時から改良対象」という認識もある。移り気な消費者とどう向き合うか、今後の取り組みも注視したい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)