昨年12月、大手ネット通販サイト・アマゾンが、中国政府の要請に応じ、習近平国家主席の談話や講演内容をまとめた書籍『Xi Jinping: The Governance of China(習近平 国政運営を語る)』の評価レビューを削除していたと、通信社大手ロイターによって報じられた。ロイターによると中国政府の削除依頼理由は、「星5つ未満のレビューがついていたから」だとしており、アマゾンはこの要請に従い該当商品のレビューをすべて削除、新しく投稿ができないよう仕様を変更している。
このような行為は、レビューそのものの“評価の中立性”が揺らぎかねないだけでなく、アマゾンが中国政府に対して忖度を行ったということではないだろうか。今回は国際問題やアジア経済に詳しいフリージャーナリストの寺尾淳氏に、中国政府やアマゾンの思惑について聞いた。
中国政府のレビュー削除要請の思惑とアマゾンの狙い
まずは、今回レビューが削除された書籍とはどういったものなのだろう。
「問題の本ですが、これは習近平国家主席のこれまでの講演や談話の内容を文字に書き起こし、写真とともに紹介した内容の書籍です。いわゆる一般国民向けで、政治家や政策に親しみを持ってもらいたいという意図の本といえるでしょう」(寺尾氏)
ではなぜ、中国はレビュー削除要請という公平性を欠く行為を要請したのか。
「まず、“公平性を欠く”という発想自体が、中国では一般的ではないことについて説明しておく必要があります。何かに対して自由に賛否を議論するレビューという仕組みは、啓蒙思想など西洋近代思想に基づいたものなんです。ですから西洋近代思想と違った思想を持つ中国としては、“中国には中国のやり方がある”“欧米の物差しで語るな”という主張なんですね。
では、その中国のやり方がなんなのかといえば、“政治家を批判すること自体が伝統に反する”というものです。そもそも政府を批判する文化が、現在の体制下ではほとんど育っていない。このような考えは、理想主義やヒューマニズムに疑念を持っているという点で、ある種ポストモダン的ともいわれていて、日本にも“西洋近代アンチ”とか“近代の克服”としてこの論を支持する文化人もいます」
では、なぜアメリカ・ワシントン州に本社を置くアマゾンが、中国政府の要請に従ったのだろうか。
「シンプルにアマゾンが中国市場でビジネスをしたいからでしょう。現状、アマゾンの中国参入はあまりうまくいっていませんが、そもそもアマゾンに限らず欧米企業の中国進出自体が全般的に難航しているのです。というのも、中国に進出しても中国政府が自国の会社に便宜を図ったり、欧米企業に有利な情報が中国メディアにシャットアウトされたりしているため、中国起源の会社に勝てないんです。
事実、ヤフーやマイクロソフトは中国から撤退しています。そんななか、アマゾンだけが中国に残っている。おそらくアマゾンとしては他の企業が中国から撤退したからこそ、そこが美味しい市場だと考えているんだと思います」
アマゾンの狙いは「チャイナ・ブックス」プロジェクトの成功?
今回の忖度は、アマゾンが中国と連携して進めている「チャイナ・ブックス」プロジェクトが大きく関連しているという。
「アマゾンは以前から中国政府の宣伝部門と提携して、中国向けのアマゾンのサイト内に9万冊以上の本を揃えたポータルサイトをつくる『チャイナ・ブックス』プロジェクトを進めていました。今回の出来事が起きる前から、アマゾンは電子書籍『Kindle』のライセンスを中国政府に申請していたようなのですが、なかなか許可がおりなかったそうです。
しかし、今回の習主席の低評価レビューを削除した途端、『チャイナ・ブックス』プロジェクトに政府が“主要な国家文化輸出プロジェクト”という称号を与え、ライセンスも即座におりたんです。
アマゾンはこういった成功させたいプロジェクトの直前は中国寄りになり、そうでないときにはアメリカ寄りになる。アメリカ政府を怒らせたくないけど、中国政府とも仲良くしたい、というのがアマゾンの本音なのでしょう。ですが、これは視点を変えれば、徹底してビジネス至上主義というだけで、一国家の思想に耽溺して忖度をしているというわけではないともいえますね」
「チャイナ・ブックス」プロジェクトについてさらに深掘りすると、選出された本の内容に中国政府の息がかかっていることがわかるという。
「現在ポータルサイトにある9万冊の本というのは、すべて中国政府が選んでいるようですね。例えば、新疆ウイグル自治区でのウイグル人虐殺はなかったという内容の本を採用したかと思えば、武漢でコロナが発生したときに奮闘した医者を称賛する内容の本は置かない、といった選別が行われているのです。政府批判がある書籍はまったく置いていないわけです」
中国政府は、なぜそこまでイメージ戦略にこだわるのだろうか。
「中国こそ常に最強の国なのだ、と主張したい政治体制ということです。最強だと証明し続けないと、中国が駄目なのは政治体制に問題があるからだと、国民に思われかねない危険をはらんでいる。だから、日本人からすると違和感を覚えるくらい、我々は経済でも文化でも最強で弱みなどない、と主張し続けるのだと思います」
必要不可欠な存在になることでビジネスに介入する中国戦略
「大局的に見ると、今の中国は文化とビジネスを通して、味方となる国を増やそうとしている状況です。例えば大手アパレルメーカーのファーストリテイリング(ユニクロ)は、中国から新疆綿を買っています。アフリカやインドなど他国から輸入することもできますが、安さを理由に中国頼みという状態です。こうして安いから買い続けるサイクルに引き込むことで、中国がいないとビジネスが回らない仕組みをつくり、中国依存の企業を増やしています。
他にも世界各国に『孔子学院』を建て、中国のファンをつくろうとする戦略などもやっていますね。中国の文化を広げるのはもちろん、中国と仲良くしたらこんないいものが手に入るよ、と刷り込んでいって中国が“厄介な国”と思われないようにする戦略というわけです。
中国王朝の時代には朝貢といって、皇帝に対し諸外国の君主が貢物を献上し、皇帝側も見返りに返礼品を持たせることで外交関係を築く仕組みがあったのですが、これと同じ状態が外国企業と中国政府で行われているわけです。アマゾンが中国政府の要請に応じてレビュー削除したのは、まさにその典型といえるでしょう。今後、日本にもこうした戦略の手が伸びてくるのはまず間違いないと思います。中国に行っていい思いをしたから中国はいい国だ、と直情的に語る人が増えてくるかもしれませんね」
アマゾンレビュー削除という今回の騒動から見えてきたのは、公平性に関する思想の違い、そして中国市場でのビジネスを目論むアマゾンの戦略だった。国家的な圧力に屈したというわけではないが、どちらにせよアマゾンによるビジネス上での忖度が行われたことに変わりはないだろう。アマゾンが利益を優先して歩んだ道の先に何が待っているのか、我々日本国民も考えていかねばならないかもしれない。
(文=ゆはやうあ/A4studio)