スタバはなぜ値下げやテレビCMをしない?高いブランド力構築の戦略を元CEOに聞く
また、ブランドにはお客様も含まれていると思っています。スタバの店舗では、あるお客様が自分の荷物が他のお客様の邪魔になっていると気づけば自然と荷物をどける、そういう“空気”があります。つまり、スタバに来るお客様は、他のお客様に気を配れるお客様だということですね。スタバには、そういうイメージがありますよね。
こういうことすべてが、ブランドをつくっているわけです。だから、スタバにとっては、マスメディアを使ったブランド構築はあまり意味がないと思います。
–スタバの商品が若干価格は高めで値下げしない理由も、ブランド維持にあるのでしょうか?
岩田 自分たちが提供する商品やサービスを心から誇りを持ち、お客様に自信を持っておすすめできるのか? そこからブランドづくりは始まります。特に08年のリーマンショック後は「スタバのコーヒーは高い」と風当たりが強かったわけです。でも、ブランドというのは、お客様とのある種の約束だと私は考えています。「いついかなるときも、おいしいコーヒーを出す」「いい店舗環境である」「いつも笑顔で」というお客様との契約です。これはスタバのどの店舗でも同じです。だから、スタバに対してブランドは成り立っているわけですね。その契約の中には、価格も含まれていると思っています。だから、昨日までの値段と明日からの値段が違っていたら、それは約束を守っていないことになります。
このことを、ザ・ボディショップを運営するイオンフォレストの社長をしている時に気づいたのです。当初私は、ディスカウントしたほうが売りやすいし、お店の人たちは喜ぶと思ったのですね。でも、お店の人たちには、明日から5000円になることを知っているのに、今日のお客様には1万円で売るということの罪悪感があったわけです。さらに、自分の商品はこれだけの価値があると思って値段をつけているのに、その値段を下げるということは、「自分たちが今まで言っていた価値はありませんでした」と自らが認めているようなものです。それはブランドになり得ないのですよね。
それから、スタバでも、業績が回復して利益が出たときに、ディスカウントではなく、別のかたちでお客様に還元しました。
例えばパソコンの電源。コンセントを使えるようにすると、お客様は電源コードを持ってきて滞在時間が長くなるので困るという意見もありましたが、それでお客様の満足度が上がるならいいと考え、電源を使える店舗を広げました。また、混んでいて座れないことが多いということで、カウンター席をつくるとか、いすを動かして席をアレンジできるようにしました。2人席を1人で使えば半分の人数ですが、それを動かせれば何人でも対応できるわけですね。またいち早くWi-Fi化を進めました。ディスカウントではなく、今以上のサービスを提供するための投資をすることにしたわけです。
–岩田さんはCEO時代、急速な新規出店による規模拡大を避けたということですが、やはりそれもブランドを守るという観点からでしょうか?
岩田 ミッションを守り育てながら、成長を持続していくためには、必然的に教育、人材に頼る部分が大きくなります。だから、成長のスピードに見合った人材が育っていれば問題はありません。でも、通常は成長を急ぐあまり、人材育成やトレーニングが後回しになります。
経営者であれば誰でも早く成長したいと考えますね。例えば小売りの場合、拡大を目指して店舗数を増やすわけです。新規に店舗を出店するのは簡単ですよ。お金さえ出せばお店はつくれますから。しかし、成長を焦ると、変な場所にお店を出してしまうというようなことも起きます。そして、それはほかの店舗にも影響するわけで、その結果、クオリティーを落とし、ブランドを毀損してしまうわけです。「神は細部に宿ります。」細かな点まで行き届くスピードで成長していくことが大切なのです。
●なぜスタバは社員を惹き付けるのか?
–人材のお話が出ましたが、スタバでのアルバイトは、就職の時のパスポートになると書かれていますが、なぜでしょうか?
岩田 スタバでは、アルバイトにも1人70時間の教育をします。それは圧倒的に他社と違うところだと思っています。またその教育には、コーヒーの知識、美味しいコーヒーの淹れ方、掃除の仕方が含まれていますが、それ以上にスタバの存在理由つまりミッションについても、多くの時間を割いています。
アルバイト募集に応募してくれる方々は、スタバのお店の雰囲気が大好きで、こういうお店で働いてみたいと応募してくれるわけですね。だから、自分たちもスタバの価値観を大事にし、お店の雰囲気をもっといいものにしようと心がけてくれるわけです。その結果、その方たちもお客様からすごく好感を持たれることになるわけです。
それは社員の場合も同じです。何らかの事情でスタバを辞めて他社に転職した後に、仮に給料が以前の半分になっても戻ってくる社員がいるということは、会社としてそれだけ魅力があるということです。みんなが和気あいあいとお互いに助け合うあの雰囲気、あの空気感の中で働きたいと戻ってくるわけですね。
ですから、スタバの店長は他の小売企業からヘッドハンティングの標的になっていますし、アルバイトの経験は就職のひとつのパスポートのようになるのです。
–そういう空気感というのは、どうしたらつくれるのですか?
岩田 それはミッションだと私は思いますね。ミッションを一所懸命みんなで実行しようとしているから、そういうカルチャーができていくわけです。しかし、それは3年や5年そこらではできません。しかも、創業者や経営者がそういう気持ちをしっかり持っていなければ、続かないですね。ブランドを感じるのは、決してお客様だけではありません。従業員もそうです。それは、お金ではない何か大切なものを会社から得ているからです。だから、社員の一人ひとりが「愛社精神」を育めるかどうかが、その企業がブランドになるための必要条件だといえます。社員が愛していない会社や商品が、お客様にとってブランド価値を持つなどという都合のいいことはあり得ませんから。
–ブランドというと、最近ビジネスパーソン個人のセルフ・ブランディングを重要視する傾向がありますが、これについてはいかがですか?