個人事業主としてフリーランスで働く人が増えている昨今、そのブームは運送業界でも起こっている。ネット通販といったEC事業の拡大で業界がドライバー不足に直面しているため、個人事業主の軽貨物運送業者に大きな期待が集まっているのだ。
フリーランスになれば自分の裁量で自由に働けるというイメージがあるが、当の個人事業主の軽貨物運送業者たちからは、過酷な運輸業界の実態に苦しむ声も多く上がっており、理想と現実の間には大きな壁がある様子。
そこで今回は、運輸業界において軽貨物運送業者がどんな存在であり、なぜ人気が高いのか、そして彼らが今なぜ苦境に陥っているのかについて、物流コンサルタントの花房陵氏に話を聞いた。
短距離の配送を請け負う軽貨運送物業者
まず、軽貨物運送の業務内容とは、どのようなものなのか。
「いわゆる軽トラックやワンボックスなどを利用した運送事業のことで、高度経済成長期に町の便利屋さんとして、軽トラを使った配送が増えたのが原点です。運輸業界は基本的にヤマト運輸、佐川急便、日本郵便といった大手運輸事業者が市場の大半を占めており、彼らの隙間を縫うようなかたちで中堅の運輸業者や個人事業主の軽貨物運送業者がいるわけです。彼らは現在、アマゾンや楽天といった大手荷主と契約している元請け運輸事業者から仕事をもらい、配送にあたっています。
特徴としては、軽トラやワンボックスなのでたくさんの荷物は積めないといった理由から、半径25km以内といった近距離配送がメインとなります。現在は、配送指示は荷主、もしくはそこから委託を受けた元請けの運輸事業者から、配送ルートや配送順序がスマホに送られてきて、それに則って配送するのが主流ですね」(同)
規制緩和で参入しやすくネット通販で需要も急増
なぜ近年、軽貨物運送業者はその数を増やしているのか。
「昭和期は、新規参入を制限するなど運輸事業者の利益を守る規制がありました。しかし、1990年の大規模な規制緩和、そしてそれに連なる2003年の法改正により、貨物自動車運送事業は取得の難しい免許制から許可制に変更になったのです。そして一般貨物自動車運送事業の営業区域規制が廃止されるなどもあって、参入ハードルがぐっと下がり、新規参入者が増えました。それに連動するように軽貨物運送事業者も増加したわけですが、この初期投資は基本的に軽トラやワンボックスの購入費ぐらいなので200万円ほどからスタートでき、まとまったお金がなくてもローンを組むなら月額4、5万円となるでしょうから、かなり始めやすい脱サラ向けの職種なのも人気となった理由でしょう」(同)
そして、やはり昨今はアマゾンに代表されるネット通販などの隆盛で、需要が急拡大したことも大きいそうだ。
「企業向けに大規模大量配送が主流の時代から、個人向けに1個単位での配送が主流の時代に突入し、その仕事量は膨れ上がりました。当然、大手運輸事業者も人手不足に陥り、正社員重視のヤマト運輸を除くほとんどの大手が、地域配送を下請けに出すようになっていったのです。この下請けには当然、個人事業主などの軽貨物運送業者たちも含まれます」(同)
そんな軽貨物運送業者のなかには、ここ最近は脱サラして始めたのにも関わらず、「サラリーマンに戻りたい」と嘆く人が続出するほど過酷なのだという。
「個人事業主の軽貨物運送業者たちのほとんどが、大手やその下請けの中小の運送業者たちを取引先としています。となると、当然荷主との直接の料金交渉は行えないわけで、元請けが厳しい条件で受けてしまえば従わざるを得ません。こうした状況を改善するために、今年の6月には個人事業主の軽貨物運送業者ら10人が労働組合を結成し、アマゾンに対し労働環境の改善を求めたことがありましたが、いまだ大きな動きは見られないのが現状です」(同)
大手運輸事業者でさえアマゾンとの交渉は難航を極めているという。
「ヤマト運輸は下請けに出さないスタイルなので、少々事情が違う部分もありますが、2017年にヤマトが宅配員の待遇改善のため、アマゾン側に荷受け量の抑制と配送料の値上げ交渉をした際の内容は、こうした構造問題を見るうえで外せないでしょう。
このときヤマトは1件あたり300円ほどだった配送料を、750円ほどまで上げてほしいと交渉したのですが、『じゃあ別のところに頼みます』とアマゾン側から梯子を外されてしまいました。紆余曲折を経て最終的にアマゾンからヤマトへ払う配送料は約500円に上がり、配送依頼の多い都心部ではなく地方メインの配送というかたちで決着しましたが、この出来事で業界全体に『アマゾンとの抜本的な料金値上げや見直しは交渉実現性が低い』という空気が広がったのはあると思います」(同)
契約書を交わさないといった慣例を打破する必要性
こうした苦境を打破していくためには、個人事業主の軽貨運送業者たちが持つべき対策意識も重要だという。
「労働組合を結成した個人事業主たちが良い例ですが、彼らのように労働環境への改善意識を強く持ち、行動に移すことが重要でしょう。また、アマゾンのような大手の荷主に対してだけではなく、直接やりとりをする元請け業者との間で、きっちりと契約書を交わすなどのリスク管理も重要。業界の慣例として契約書を結ばないで仕事を受けることも多いですが、契約条件、特に料金面などに慎重にならないと割を食う場面が増えるはず。
また、配送料金の決め方に関しても注意が必要です。元請け運送業者と下請けとなる個人事業主たちの間では、たいてい一日あたりの日建て料金で決めるスタイルが基本となっています。ですが、こうしたパッケージングで受注してしまうと、配送が増えるお中元の季節やクリスマスシーズンは配送量が増えて、1配送ごとの単価が下がってしまうわけです。ですから契約してもらえなくなるといったリスクを覚悟のうえでも、しっかり自分で妥当な料金を計算してから仕事を受けるという姿勢を貫かなければ、どんどん自身の労働環境が悪くなってしまうでしょう。もし、こうした交渉ができずに料金を一方的に押し付けられるようであれば、それこそ同じような境遇の仲間と事業の共同化などで規模を拡大して対抗するなどの対策をすべきだと思います」(同)
過酷極める運輸業界、今後どのような未来を歩んでいくのだろうか。
「今の苛烈な配送タスクに追われる時代は、あと数年で落ち着きをみせるでしょう。というのも、団塊世代が後期高齢者になり、出生率も低下し続けているので、日本の消費量は今後ほぼ確実に減ってゆくことになり、配送需要も減少していくことが既定路線だからです。それに伴って、増えに増えた運送業者間の価格競争も緩くなるので、今よりは改善されていくはずです」(同)
しかしそれは、現在溢れかえっている軽貨物運送業者の個人事業主が淘汰されて、廃業せざるをえない人も出てくるということでもあるのかもしれない。参入の敷居は低くとも、労働量に対して適正な報酬を得られず、その環境改善にも高いハードルがある軽貨物運送業。明るい未来が待っていると信じたいが、果たして――。