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脳・心臓疾患の労災認定、トラック運転手が断トツ…16時間労働&無賃労働は当たり前

文=北沢栄/ジャーナリスト
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「gettyimages」より

 年金以外に「老後資金2000万円」が必要――金融庁が6月に発表した報告書は、国民の老後生活に不安の波紋を広げた。だが、この数字は厚生年金に加入する普通のサラリーマンの生計がモデル。国民年金に頼るしかない自営業者などにとって、将来不安は底知れない。現役時代にたとえ満額の保険料を25年間、毎月払い続けたとしても、老後の年金受給額はたったの月約6万5000円にすぎないからだ。

 とりわけ弱い立場に置かれている個人事業主(法人化していない自営業者やフリーランス)の現実を見てみよう。典型例のひとつは、軽トラック運転手たちだ。日本中の道路をせわしく行き交う宅配便。その一般貨物輸送の9割以上を、個人事業主ら全国の中小零細業者が担う。

深刻化する「宅配クライシス」

 まず、宅配事業で約半分のシェアを握るヤマト運輸の荷物の大まかな動きを説明しよう。集荷拠点「ターミナル」に到着した荷物は、シールに貼られたバーコードに従って自動仕分けされる。行き先ごとに分けられた荷物は、パレット(荷物をまとめて保管したり運搬するための台。ヤマトでは主にキャスター付きを使用)に収められ、大型トラックに積み込まれる。これらの作業が終わるのは、おおかた深夜。

 この後、未明から早朝にトラックドライバーが高速道路を走って目的地のターミナルや各地域のセンター(営業所)に荷物を運ぶ。そこで、早朝担当者の手でさらに配達時間帯や担当地域ごとに仕分けされ、小型トラックに積み替えられて、別のドライバーにより個人宅や企業に運ばれる。

 ターミナル間やターミナルと地域センター間、センターから個人宅や企業への荷物の集配に至る運送の大部分は、大手宅配業者傘下の下請け業者や地域の運送事業者に委託されている。

 ヤマトを中心に取り扱い個数が急増していったのは、ネット通販の登場による。アマゾン・ジャパンとの契約が急拡大した2013年にはヤマトの荷物量は前年比12%増え、17億個近くに達した。しかし、超繁忙で手が足りなくなる中、2016年に未払い残業が表面化。これをきっかけに、トラックドライバーの休めない長時間労働、過酷なノルマ、荷役作業、支払われない労働の対価問題などが、一挙に噴き出した。

 業界最大手ヤマト運輸の「宅配クライシス」は、たちまち物流危機に波及する。ネット通販の興隆で、サービスは従来の「翌日配達」から「当日配達」にまで広がった。消費者は不在のときは「再配達」を依頼すればよい。

 これが現場の負担を増す。実際、商品の2割程度は「再配達」だ。「送料無料」で注文品を送ってくれる通販会社も増えた。書籍に始まり、衣服や生活・娯楽用品、家電、家具、生鮮食品など、今ではネットで買えない商品はほとんどなくなった。

 消費者の側から見れば当たり前となったこの消費生活は、カネさえあれば物質的には無上に便利で、何ひとつ不自由なく手に入る。「宅配サービスの拡大、大歓迎」となる。

過酷すぎるドライバーの長時間労働

 しかし、極端化する利便化生活のしわ寄せをじかに受け、疲弊するのが「遅配を許されない」トラックドライバーだ。

 物質生活の利便性が行き着いた先、日本の物流を9割方支えるトラックドライバー不足はますます深刻になった。サービスが増え、手が足りなくなれば、現場のひとり当たりの作業は一層きつくなる。

 トラックドライバーの長時間労働は過酷にすぎる。政府の過労死等防止対策白書(平成30年版)によると、脳・心臓疾患の労災認定件数の3分の1強の89件(2017年度)を「自動車運転従事者」が占める。うち断トツに多いトラックドライバーの場合、長時間労働に加え、「拘束時間が長い」「早朝・不規則勤務が多い」が発症の要因に挙げられている。働き方からくるストレスで、脳出血や心臓マヒが多発しているのだ。

 トラックドライバーの週平均労働時間は2016年時に54時間、全産業平均の45時間より9時間も多い。週にほぼ1日分も多く働いている(総務省「労働力調査」)。拘束時間の長さも、一運行当たり平均12時間27分。大型トラックは12時間50分。16時間超も全体平均で13%に上った。

 荷主の都合などによる「手待ち時間」は平均48分だが、なんと10時間待たされた例も政府の実態調査(2015年)で明るみに出た。しかし、労働条件の悪さは「拘束時間の長さ」にとどまらない。

 ドライバーの本来の仕事は貨物運送のはずだが、その前後に貨物の積み卸しなどの荷役作業をやらされる。日本物流団体連合会の運送各社計174社を対象とした実態調査によると、「トラック等の積み卸しの際、手荷役を行う現場はありますか」との質問に4分の3の76%が「行われている」とし、その半数以上は「特定の荷主や拠点に限り、継続的に行われている」と回答した(「トラック幹線輸送における手荷役実態アンケート調査報告書」2016年)。

 手荷役をドライバーの約8割が担い、しかも荷役料金を荷主が支払わない割合は7割強にも上ることが判明した。“契約なき請け負い”のせいで、本来の運送業務を超えた手荷役作業を課され、タダ働きさせられる不当な慣行が横行しているのだ。

 手荷役の中でも、一際厄介なのが「バラ積み」だ。ダンボールなどをトラックにひとつずつ抱えて積み卸す作業だから、負荷が大きい上に時間もかかる。

 あえてパレットを使わずにトラックにバラ積みさせていた発荷主のひとつが花王だ(現在はドライバーの労働負担を減らすため、パレット使用を再開)。同社によると、栃木工場で生産される紙おむつはバラ積み輸送にすることでトラック1台当たりの積載量は平均約30%も増え、トラック便数を年間1300台以上削減できるコスト効果が見込まれたためという。

 バラ積みによって、ドライバーの負担はずっしり重くなる。さらに手荷役作業の間、“順番待ち”で待機するほかのトラックドライバーの「拘束時間」も長引かせる。

個人事業主らの“契約なき悲劇”

 問題の中心にあるのは、弱い立場にある中小零細運送業者の契約なき悲劇だ。宅配便市場を見てみよう。グループ全体で約20万人の従業員を抱えるヤマト運輸を筆頭に、佐川急便、日本郵便の3社でシェアの9割以上を占める。しかし、その一般貨物の市場に、6万を超える中小零細の個人事業主らの運送事業者が参入し、過当競争を繰り広げる。

 日本郵便のゆうパックの集配も、郵便局員がやるわけではない。多くは地域の運送業者が請け負う。ある個人事業主が、請け負った自らの配達体験を明かした。

「ゆうパックを受託する地域の運送業者にまず、雇ってくださいとお願いしました。もちろん契約書はなし、郵便局との関係などありません。その運送業者には当時1個180円の配送料から70円もピンハネされていたことを、のちに知りました。1日1万円稼ぐには100個の配達が必要。早朝から荷さばき、最終の配達は21時まで。休みは盆暮れもなく、週1回だけ……」

 年金支払いは半減を申し込み、健康保険は払っても医者にも行けなかった。この個人事業主によると、運送業の経験上、どこともきちんとした請け負い契約を結んだ例はない。これは、あの世間を騒がせた吉本興業だけの問題ではない、という。(以下、次稿)

(文=北沢栄/ジャーナリスト)

北沢栄/ジャーナリスト

北沢栄/ジャーナリスト

慶應義塾大学経済学部卒業後、共同通信経済部記者、ニューヨーク特派員などを経て、フリーのジャーナリストに。

Twitter:@sxegwipcaocqsby

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