日本郵政グループは政府が全株を保有し、日本郵政が金融2社と日本郵便の株式をそれぞれ100%保有している。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の日米事前協議では、日本政府が日本郵政の全株を保有していることに対し米国は、「暗黙の政府保証があり、公平な競争ができない」と主張。金融2社の新規事業に反対した。
昨年10月に公表された日本郵政の上場計画では、日本郵政株式を半分以上売却したあとに、金融2社の株式売却を検討する方針だった。安倍晋三政権発足後の今年6月に社長に就任した西室泰三・元東芝会長が金融2社の早期上場に積極的な姿勢を見せているのは、安倍首相の顔を立てるためだといわれている。
持ち株会社の日本郵政と金融子会社2社の同時上場で米国の批判をかわす一方、貯金限度額などの規制撤廃や企業向け融資など新規業務を拡大する狙いがあるのは言うまでもない。株式市場では「本体(日本郵政)を先行上場させ、その後に金融子会社2社を上場させるのが筋だ。優良な金融2社を先行上場させると、本体の上場時には企業価値が損なわれてしまう恐れがある」と指摘されている。だから本社と金融子会社2社を同時上場という話が出てきたのだろうが、「マーケットを知らない人の机上の空論」(外資系証券会社のアナリスト)との厳しい見方がある。
株式上場に向けた取り組みとして日本郵政は、四半期決算を初めて公表した。2013年4~6月期の連結決算は、売上高に当たる経常収益が3兆7720億円、経常利益は2903億円、純利益は1619億円だった。この純利益の数字は、年間通期最初の3カ月で、14年3月期の通期予想(3500億円)の46%を達成したことになる。内訳を見ると、かんぽ生命の純利益は解約増が響き前年同期比48%減の124億円にとどまったが、ゆうちょ銀行は株の売却益などで同29%増の1152億円だった。
●通期では大幅減益予想
だが、これはつかの間の利益にすぎない。14年3月期の事業別の当期純利益見通しは、郵便事業(日本郵便)が前年同期比89%減、郵便局事業(日本郵便)が同72%減、貯金事業(ゆうちょ銀行)が同30%減、保険事業(かんぽ生命)が同36%減の見込み。そのため、通期の連結純利益は同38%減の3500億円と、大幅な減益を予想している。なお、郵政事業会社と郵便局会社は昨年10月1日に合併して新・日本郵政となった。
日本郵便では郵便物の取り扱い数の減少が続く。10月から高齢者世帯を訪問して安否確認をしたり買い物代行や電話相談に応じたりする会員制の「郵便局のみまもりサービス」を開始したが、これは郵便物の取り扱いの減少を補う苦肉の策だ。
ゆうちょ銀行は運用資産の約7割を国債が占める。国債の利回り低下が収益を圧迫する。6月末の国債保有高はゆうちょ銀行が138兆円、かんぽ生命が57兆円で合計195兆円。全国の銀行の総合計142兆円(7月末時点)を大きく上回る。
●かんぽの宿売却へ向け、検討加速
日本郵政は、グループで運営する宿泊施設「かんぽの宿」と逓信病院の一部を売却・縮小する。かんぽの宿は全国に66カ所、逓信病院は14カ所あるが、日本郵政の13年3月期決算では両事業合わせ60億円の赤字を計上している。株式上場を目指す日本郵政は、赤字が続く両事業の整理は不可欠と判断した。14年2月に策定する中期計画に、施設の削減計画を盛り込む。
2009年にいったん決まった売却が凍結されて以降、やっと売却作業が再開されることになった。前回は一括売却に反発が強かったため、今回は地域ごとに、かんぽの宿、病院を個別に売却する。地方自治体や、地域に病院を持つ医療法人グループなどと交渉する方針だ。
日本郵政は08年12月に、かんぽの宿70施設を109億円でオリックス不動産に一括売却することを決めた。09年1月、自公連立政権の鳩山邦夫総務相(当時)が、「郵政民営化を議論した規制改革会議の議長だった宮内義彦氏が最高責任者を務めるオリックスグループへの売却は、出来レースと受け取られる可能性がある」と言い、売却に待ったをかけた。日本郵政の西川善文社長(同)は「手続きは正当だ」と反論したが、総務大臣が認めない限り売却できない。09年2月に契約は白紙撤回された。
かんぽの宿の売却問題は大きな政治問題になった。かんぽの宿問題は、小泉純一郎・元首相が乗り出して収拾した。自民党役員会で「最近の総理の発言について、怒るというより笑っちゃうくらい、ただただ、呆れている」と、郵政民営化に消極的な麻生太郎・首相(同)を痛烈に批判。麻生首相は日本郵政の西川社長更迭を主張していた鳩山総務相を罷免した。
09年9月、郵政民営化に反対の民主党など3党連立政権が発足。西川社長は更迭され、かんぽの宿の売却は進まなくなった。12年末に自公連立の安倍政権が誕生して、再び売却の動きが強まる。西室社長は6月の就任会見で、かんぽの宿と逓信病院について「個別に1つずつやっていかなければならない段階に入っている」と語っていた。
かんぽの宿の売却は政治問題だった。当事者だった西川氏は自著『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』(講談社)で、「私の『政治音痴』で思わぬことになってしまった」として、「ビジネス論を無視した理屈」に翻弄された悔しさを綴っている。また、宮内氏も9月1日付日本経済新聞の『私の履歴書』で、規制改革会議での活動について、「そもそも企業経営との二足の草鞋(わらじ)を履きこなすのは、どだい無理な話だった」と振り返る。
今回の売却には、政治的な火種はないように見えるが、果たしてすんなりと売却が進むのか、その行方に注目が集まっている。
(文=編集部)