国内の飲食業界で値上げラッシュが鮮明だ。対照的にサイゼリヤは、基本的にメニューの値上げを行わない方針を表明した。値上げを抑え、客数を増やす。それによって競合他社からシェアを奪取し、利益率向上を目指す。それは、当面の成長戦略といえる。ただ、価格据え置きのために、無料だった粉チーズは小皿100円で提供する。
サイゼリヤは、これまでにはなかった小規模店舗の運営にも乗り出した。目指すのは、よりコストを抑えた店舗の運営能力に磨きをかけ、客数を増やし、単価を引き上げることだ。日本では優秀な人材を確保して事業を継続するために企業は賃金を引き上げざるを得なくなっている。人手不足を背景に、物流などのコストも増加している。人材、商品開発などをめぐる飲食業界の競争も激化するだろう。そのなかでサイゼリヤがどのように成果を実現するか、同社の実力が問われつつある。
業績回復支えるペントアップ・ディマンド
7月12日、サイゼリヤは2023年8月期、第3四半期の決算を発表した。連結ベースの売上高は1321億300万円(前期比123.1%)、営業利益は前年同期の3.4倍増の35億円6800万円だった。コロナ禍が長引いたことにより、国内外で多くの人が自宅にこもった生活(巣ごもり)を余儀なくされ、外食などの需要は先送りされた。ウィズコロナによって、そうした需要は一斉に花開いた(ペントアップ・ディマンドの発現)。街には人が戻り、週末の夕食時など、都内のサイゼリヤには多くの人が食事を楽しむあのにぎやかな光景が戻っている。それに伴い、業績は回復した。
国内だけでなく、海外でもサイゼリヤは人気を博している。第3四半期、同社の海外売上高は446.3億円(前年同期比132.8%の110.3億円増加、海外売り上げ比率は33.8%)だった。外国為替市場で主要な通貨に対して円が下落したことは、収益かさ上げにつながった。
もう一つの要因として見逃せないのは、日本を代表するイタリアン・レストランであるサイゼリヤは、中国などの消費者にとって、安心、安全の象徴であるだけでなく、より満足度の高い食事を満喫する憧れの的だということだ。中国では不動産市況の悪化などにより、若年層を中心に所得、雇用環境の厳しさが高まった。ウィズコロナの生活が戻るなかで、支出を抑え、満足度の高い食事を満喫したいという中国などアジア新興国地域の消費者ニーズをサイゼリヤはうまく捉えた。需要は高まり、海外の出店数も伸びた。
勢いは海外事業を下回るが、国内の売り上げも増加した。サイゼリヤのメニューは低・中価格帯が多い。食料品などの価格が上昇するなか、同社は我慢してきた外食を手頃な価格で満喫したいという人々の欲求をうまく取り込むことができた。ただ、先行きは楽観できない。ペントアップ・ディマンドはいつまでも続くわけではない。先送りされた外食などのニーズが満たされれば、いずれ終息する。業績が回復していることは重要だが、サイゼリヤ経営陣は現状に満足することはできない。
店舗の運営能力向上に向けた取り組み強化
そうした認識にもとづき、サイゼリヤは基本的に値上げを行なわず、国内の客数を増やすと表明した。これまでに磨いてきた店舗運営などのノウハウに磨きをかけ、競争力の向上を実現しなければならないという決意はかなり強いように見える。取り組みの一つが、小型店舗の出店だ。目指されているのは、客数の増加と固定費の回収能力の向上である。サイゼリヤは自社で生産し、あらかじめ調理した食材などを店舗のセントラルキッチンで加熱し、盛り付けて提供する。生の食材を店舗で保存したり、調理したりする手間はかからない。必要なスペースも省ける。
それによってサイゼリヤはより多くの客数を確保できる店舗運営体制を実現した。その上で、出店を増やし、固定費を回収した。ただ、これまでのやり方で国内事業の収益性を高めることは難しくなっている。人手不足、物価高騰などによって、コストプッシュ圧力は高まった。出店を増やし固定費を回収するために、新しい店舗形態の必要性は高まった。
2021年4月、東京都内にサイゼリヤは、コンビニが入っていたスペースに店舗をオープンした。平均的な店舗よりも面積は狭い。運営コストを抑え、客単価を引き上げる工夫が散りばめられた。例えば、店内に大型の冷凍庫が設置され冷凍の「辛味チキン」などが販売されている。消費者は、食事、自宅での食材の購入を同時に済ませることができる。店舗が小さいため、運営に必要な人数も少なくて済む。メニュー提供のスピードを引き上げるためにセントラルキッチンの改良も加えられたようだ。それによって、サイゼリヤはテナント料の高い都市の中心地への出店を強化し、経営資源(ヒト、モノ、カネ)の回転率の向上につなげたい。
7月10日にはテイクアウト販売の縮小を発表した。世界的なチーズ価格の高騰などを背景に、粉チーズ(グランモラビア)の無料提供も終了する。共通するのは、店舗運営のスピードを高め、面積あたりの収容可能客数を引き上げて収益性を高めることだ。
わが国飲食業界の競争は激化の可能性
小型店舗の運営体制を強化する。人気メニューなどの開発体制を強化し、より多くの需要を取り込む。価格を据え置くために、無料で提供してきたトッピングを減らし、浮き出た店舗スペース活用して客単価の向上につなげる。国内で獲得した資金を海外事業に再配分し、成長期待の高いアジア新興国地域などで出店を増やす。当面のサイゼリヤの成長戦略といえる。
戦略実行に従い、国内の飲食業界に無視できない変化がもたらされるだろう。特に、無料で提供されてきたトッピングに関する常識、価値観は大きく変容する可能性が高い。サイゼリヤが無料チーズの終了を決めた一つの要因は、すべての客が必要としているわけではないからだろう。粉チーズを使いたい人は、必要な料金を負担する。それは、本来あるべき姿だ。その価値観を消費者と徐々に共有することができれば、サイゼリヤは人気メニューの価格を据え置くゆとりが生まれる。無料トッピングを用いた迷惑動画がSNSにアップされ問題にもなった。必要に応じて自己負担でサービスを消費することに安心を感じる人もいる。
サイゼリヤは、支出意欲など消費者の心理に応じた選択肢を提供し、主力メニューの価格据え置きを目指す。その考えが支持されれば、同社と消費者の関係は強まり、販売数量は増えると予想される。サイゼリヤの取り組みをきっかけに、コスパを重視する消費者の心理に寄り添った商品提供を目指す企業は増えるだろう。国内飲食業界の競争は激化し、優勝劣敗が鮮明となるケースも出てくるだろう。そうした展開を見据えて、サイゼリヤは先手を打ったと言える。
それは重要なことではあるが、本当に同社の成長戦略が奏功するか否か、不確実な部分は多い。足許、わが国では成長を目指して優秀な人材を確保するために給料を引き上げる企業が出始めた。サイゼリヤも競合他社も、優位性ある賃金水準を提示して、人材を獲得しなければならない。しばらくの間、食材など原材料や物流などのコストも高止まりするだろう。世界経済の先行き不透明感も高まっている。サイゼリヤ経営陣がどのように成長戦略の成果を実現していくか、その手腕により多くの注目が集まるだろう。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)