「洋服の青山」などを展開する青山商事の2023年3月期決算が発表された。それによると、売上高1835億600万円(前期比110.6%)、営業利益 71億1000万円(前期比326.0%)、経常利益 87億3400万円(前期比169.6%)、親会社株主に帰属する当期純利益 42億7800万円(前期比316.7%)と大きく業績を回復させている。
青山商事は「洋服の青山」「ザ・スーツカンパニー」などのスーツ事業のほか、リサイクルショップ「セカンドストリート」や「焼肉きんぐ」等の飲食店、フィットネスジム「エニタイムフィットネス」など、多くの事業を展開している。
だが、業績回復の最大の要因は、スーツ事業の復調にある。業界全体で客足は減少傾向であることに変わりはなく、最盛期ほどに戻る可能性は低い。そんななかで、青山がスーツの売り上げを回復させることができた要因はどこにあるのか。株式会社FRI & Company代表で事業再生コンサルタントの河合拓氏に話を聞いた。
――青山商事の業績が好調と報じられていますが、どうみていますか。
河合氏「まず、セレクトショップなどが取り扱っているクラシック系のスーツは、若干、売り上げが戻ってきています。しかし、大局的に見て下降傾向である流れをひっくり返すほどではありません。下り坂が、多少緩やかになった、という程度です。
2つ目に、オンワード樫山の『スマートテイラー』というビスポークとフルオーダーの中間のようなスーツがあるのですが、それが絶好調です。これは、コロナ禍が終息して人流が回復しつつあること、そしてスーツについては“クラシック回帰”の傾向が指摘されています。ただし、このクラシック回帰については、20年周期といわれていますが、個人的には懐疑的です。
3つ目に、優勝劣敗がいえます。スーツというものは型紙がある程度決まっています。太り気味・痩せ気味など体型に合わせたり、ラペル(下襟部分)を太くしたり細くしたりということはありますが、いじれる箇所は多くありません。したがって、過去の型紙などデータを蓄積して再活用すれば、個人のオーダーに合わせて制作しても短い日数で発送・納品が可能です。つまり、市場が落ち込みながらも、シェアを取り込んでいけるのです。反対に、ただ既製品を吊るして在庫を安く売っているだけのブランドはうまくいっていないのが実情です。
青山は、なかには首を傾げざるを得ないような商品もありますが、さまざまなことにトライしています。スーツが、西洋から流入してきた“フォーマルな場に着ていく服”という概念から変わってきていると思います。たとえば、若い世代がポリエステルのしわ加工されたようなスーツを着ている姿を見かけますが、彼らは“スーツを着ている”という感覚すらないと思います。あくまでも、ファッションのひとつとして捉えているのではないでしょうか。
そもそもスーツの定義が“上下が合っている”ということであるとするならば、最近は、上がジャケットで下がラフなパンツであったり、下がスーツのスラックスで上がTシャツというような“半カジュアル”というような着こなしになっています。
つまり、スーツ市場が回復したというよりも、青山は企業努力によって変遷する市場にうまく合わせている、ということだと思います」
――最近ではパジャマスーツや洗えるスーツといったカジュアルなスーツが話題になることが多いですが、売り上げ回復の中心はクラシックなスーツなのでしょうか。
河合氏「クラシックなスーツとカジュアルなスーツの境目がなくなってきているという認識です。スーツ業界の関係者は『あそびスーツ』『クラシコスーツ』などと言って分けて見ていますが、実際のところ若いユーザーなどはイタリアの高級スーツにスニーカーを合わせたりしているのです。イギリスに端を発する“紳士・淑女の正装”、あるいは相手に対する礼儀を示したり、自分の社会的ステータスを誇示するためのスーツではなく、むしろファッションの感覚で着崩しており、古来のクラシックなスタイルではなくなってきているのだといえるでしょう」
――青山は健闘しているものの、業界全体の見通しは暗いというのが現状でしょうか。
河合氏「この業界では『リテールイズディテール』、すなわち小売業の真髄は『小さなことにこだわる』ところにあるといわれていますが、非常に小さな蓋然の積み重ねや、マーケティングで十分な調査をすることで的中率が上がるわけです。しかし、古くからの慣習を変えたくない人たちもいます。
たとえば、一般的にポリエステルのスーツはご法度ですが、それは“おじさんたち”の常識であって、若い人たちはそのように考えません。過去の例でいえば、バーバリーとアクアスキュータムが挙げられます。バーバリーはアジアでスーパーブランドに成長しましたが、アクアスキュータムはレナウンと一緒に破綻していきました。それは、アクアスキュータムは本国イギリスの言う通りに展開したことが大きな要因です。一方のバーバリーは“女子高生のスカートにバーバリーチェックを取り入れたら格好いいだろう”と直感的に感じ取って実践し、それを安室奈美恵さんがはいたことでブレイクしました。
このようにファッションは、これまでにないような組み合わせを取り入れて進化していくものなのです」
――青山をはじめとしてスーツ業界では、漫画喫茶やとんかつ店など事業の多角化が行われていますが、今後も本業のスーツ事業が主たる柱であり続けるのでしょうか。
河合氏「本来、経営の多角化は隣接する事業に拡げていくものですが、スーツ各社の場合はそうではありません。さまざまな模索を続けているとは思いますが、かつてカネボウが紡績会社から化粧品会社に転向したようなドラスティックな変身は遂げないでしょう。
IT業界などスーツを着ないで出社する会社員も増えていることから、今後はスーツがなくなりはしないと思いますが、伸びていくことはないでしょう。しかし、スーツ製作会社が持っている技術、ノウハウを生かす方法はあると思います」
――では青山が好調と伝えられているなかも、決して楽観できる状況ではないということでしょうか。
河合氏「青山は“勝っている”のではなく、(落ち込んでいっている業界のなかで)“シェアを獲っている”のです。言い換えれば、時代の大きな流れに乗っているわけです。市場そのものが縮小しているのは間違いありません。
スーツ業界としては、最後の草1本に至るまで刈り取るようにスーツを作り続けるか、パジャマスーツのような“キワモノ”狙いでいくか、“どうにでもなれ”といった感じで運を天に任せるか、といった三者択一なのではないでしょうか」
スーツ業界は斜陽産業といわれて久しいが、各社は生き残りをかけて“脱スーツ”を模索し続けている。青山の業績回復は一時的なものなのか、それとも経営の大きな転換点となりうるのか、注目していきたい。
(文=Business Journal編集部、取材協力=河合拓/事業再生コンサルタント)