ビジネスジャーナル > 企業ニュース > 工学部「女子枠」急増の背景
NEW

大学、工学部「女子枠」急増の背景と狙い…女子のみ筆記試験撤廃の大学も

取材・文=A4studio、協力=宮﨑誠一/名古屋大学大学院工学研究科長・工学部長、教授
【この記事のキーワード】,
大学、工学部「女子枠」急増の背景と狙い…女子のみ筆記試験撤廃の大学もの画像1
「gettyimages」より

 近年、大学の工学部で「女子枠」を設置する事例が増えている。女子枠とは、総合型選抜や学校推薦型選抜で女子専用の入学者枠を設けたり、女子のみ入試科目を一部撤廃したり、筆記試験を撤廃するなどして、女子入学者を増やすための取り組みを指す。この取り組みの背景には、女子比率の低い学部・学科において優先的に女子学生を入学させ、性別の偏りを減らして多様性を確保しようとする狙いがある。なかでも大学の工学部では、かねてより男子比率が高い傾向にあり、女子学生の獲得が課題となっていた。ちなみに文部科学省の学校基本調査によれば、2022年度の工学部の女子比率は12%ほどと、依然として低い数字であることがわかる。

 1994年度入試より、名古屋工業大では機械工学科(現・電気・機械工学科)の推薦入試において女子枠を設けており、1993年度に2人だった女子入学者は20人を超え、一定の成功を収めている。2016年度入試からは兵庫県立大が工学部3学科で学校推薦型選抜「女子学生特別」を実施しており、共通テストなしで書類審査、適性検査、小論文のみで選考している。私立大学でも、2018年度入試より芝浦工業大が工学部機械電気系4学科で公募制推薦に女子枠を設置し、2022年度入試からは工学部全学科に拡大した。

 そして、2022年度からは政府が理工系の女性活躍を後押しするために、女子枠を設置する大学に財政支援を開始。2023年度入試より名古屋大が工学部2学科の学校推薦型選抜に計9人の女子枠を、富山大が工学部の学校推薦型選抜に8人の「女子特別推薦」枠を設けている。東京工業大では2024年度入試から4学院で58人の女子枠を導入し、2025年度入試からは残り2学院で85人の女子枠を設けることが決定。女子学生獲得に向け、各大学が積極的にアプローチを見せているのだ。

これからの工学には女性の力が必須、その理由

 ここ10年は工学部の女子学生数が増えている。2012年度は2万1766人だったが、2022年度には2万3675人まで増加しており、女子枠の設置が成功すれば、今後もますます増える可能性はあるだろう。

 では女子枠を推進する大学関係者は、どのような意図、考えに則って設立に至っているのだろうか。名古屋大の工学部長である宮﨑誠一氏に話を聞いた。

 まず、なぜ工学部では女子学生の比率が低いのだろうか。

「従来から工学部は男子社会の毛色が色濃く残っており、工場で油まみれになりながら働く、体力が必要になる、といったイメージが根強かったため、女子にとっては参入しづらい環境になっていました。そのうえ、女子学生が少ないからキャリアパスも十分に確立されていない。現在では機械を制御するエンジニアとしての仕事がメインとなり、体力勝負の業務を課すところは少なくなりましたが、女子からしてみればどうしても従来のイメージが拭えず、依然として工学部入学のハードルが高いままなのだと推察されます」(宮﨑氏)

 女子枠設置理由のひとつには、産業界から女性人材活躍の要望があったからだと宮﨑氏は語る。

「ものづくりの現場では、男性だけの視点が目立ち、マーケットのニーズに合う製品が作れないという懸念があり、女性人材の獲得は喫緊の課題でした。たとえば携帯電話を例に挙げてみても、男性は性能を重視したり、カラーも派手すぎないものを選ぶ傾向にありますが、女性であればもともとのスペックよりも操作性が優れていたり、鮮やかなカラーデザインを好む傾向にありますよね。

 こうした細かい男女のニーズ差を汲み取り、製品開発するためには、必ず女性の視点が必要になります。加えて、お子さんの使う製品を買うとなると、ほぼお母さんが目を通すことになるので、母親目線を意識した製品開発も必要になる。そして、そもそも購入意欲は男性よりも女性のほうが大きい傾向にあるので、女性人材はどの業界でも引く手あまたの存在なんです」(同)

 経団連は「2030年までに役員に占める女性比率を30%以上にする」という目標を掲げており、トヨタ自動車や日立製作所などのグローバル企業も女性エンジニアの採用に前向きだ。ジェンダーバランスがフラットな状態で、さまざまな価値観の人間が集まることにより、多くの顧客が望む製品を作ることができるという。

「ですが現状、日本の工学部における女子比率はOECD加盟国で最低水準です。東南アジアでは女性人材のほうが多く、欧米諸国でも半数は女性という状況に対し、日本はいまだに1割強という数字。これからの時代、グローバル市場で戦うには、いささか心許ない状況です。そのうえ企業にも、我々アカデミアにも女性人材はまったく足りていません。そこで名古屋大としては、まずは産業界に女性人材を送り出すべく、女子枠を設置し、多くの女子学生に入学してもらいたい。工学部に入学するという経路を確立することで、ゆくゆくは女性教員を輩出していき、女子学生を指導する、という段階に行き着きたいと考えております」(同)

女子を優先するとはいえ一定以上の学力は必要

 一方で女子枠には、もともとの募集人員のなかに女性専用の入学者枠を設けていたり、一般入試の一部科目が免除されたりするという理由で、一般入試の受験生を不利にしてしまっていると主張するコメントも見かける。一部では「女子学生の数を増やすことが最優先され目的化している」「とにかく女子学生が増えれば、それでいいのか」という批判の声も少なくない。

 筆記試験で「数学Ⅲ」を課さない大学や筆記試験を課さない大学もあり、入学者差別を訴える声もあるが、名古屋大としてはそういった意見をどう受け止めているのか。

「名古屋大の女子枠では、最低限の学力があることを前提としています。具体的には、面接と書類審査のみならず、大学入学共通テストを課し、基礎学力のある生徒のみを選抜しています。共通テストで一定以上の点数を獲得し、ものづくりにかける思いとやる気を面接や小論文で強く訴えることができないと、合格できない仕組みにはなっています。せっかく入学しても授業についていけなかったり、学びが楽しくなかったりしては意味がないので、基礎学力の有無に関しては慎重に判断させていただきました」(同)

 大学教育の質を落とさないためにも、名古屋大では一定以上の学力基準を保っているようだ。

「我々としては、男女比9:1の現状こそがジェンダーバイアスが偏りすぎている、異常な事態だと重く受け止めています。それに今の女子枠は、学校推薦型選抜全体の募集枠の13%(一般入試も含めた場合1.3%)にすぎず、そこまで高い数字ではありません。募集枠を変動させるのは、たしかにアクセプタブルではない面があると思うものの、これからの社会ニーズに合わせるためには、女子を受け入れる環境は早急に用意しなければいけません。女子生徒は、女子枠と同時に一般枠でも受験できるようになっているので、選択肢として自然と工学部への受験を視野に入れられる、入り口が広いという認識を持って受験を検討してほしいです」(同)

アイデアを形にできるのが工学ならではの魅力

 女子枠設置後は、学校推薦型選抜の入試倍率が電気電子情報工学科で3.5倍、エネルギー理工学科で2.5倍と大きく上がった。現在、名古屋大工学部の定員は680人で女子比率は13%ほどであるため、おおよそ90人程度が毎年入学していることになるが、今後の動向によってはさらに入学者が増えることも考えられる。

 そのため名古屋大では、女子生徒が通いやすい環境づくりを心がけているという。たとえば、学内には女子学生や女性教員が占有できる「リフレッシュルーム」を設置。そして、OGを招聘し、社会全体における女性人材のニーズやどういったキャリアパスがあるのかについて語るイベントも開催している。またオープンキャンパスでは、現役の女子学生が高校生の質問に答えるセミナーを行っているそうだ。

 名古屋大工学部は、当面の間、女子比率を20%にする目標を掲げているが、達成のためにはより多くの生徒に工学部のことを知ってもらう取り組みが必要だと宮﨑氏は語る。

「工学部自体、何を学ぶ学部なのか、ピンと来てない生徒さんが多いように思えます。化学や物理学などは高校までの理科の延長というイメージがあるようですが、工学となると高校までの知識がどの様に通用するのか。また、何をどう学べばよいのかが途端にわからなくなってしまう。入学者のなかには、共通テストの点数を判断してから工学部の受験を決める生徒さんもいますし、『とりあえず理系に入っておけば就職先は困らない』と考えて入学してくる生徒さんもいるので、工学部の勉強に適合できない人も残念ながら出てきます。

 ですから工学部の人間としては、自分が作りたいモノを作ることができるという点をアピールしていきたい。自分のアイデアを駆使し、世の中に還元できる、苦労して設計、開発した製品を人々に使ってもらえる、という喜びは工学ならではの魅力です。なおかつ、現在は女性ならではの発想を現場で最大限に活かせる環境になりつつあるので、バイタリティのある方は活躍できるはず。そして名古屋大では、女性限定のサポートが充実していますので、工学に興味のある生徒さんには進路の一選択肢として考えてもらえれば幸いです」(同)

(取材・文=A4studio、協力=宮﨑誠一/名古屋大学大学院工学研究科長・工学部長、教授)

宮﨑誠一/名古屋大学大学院工学研究科 電子工学専攻 情報デバイス工学 教授

専門は固体物理学、半導体工学、集積化デバイス・プロセス。広島大学大学院先端物質科学研究科教授を経て、2010年から名古屋大学大学院工学研究科教授。2017年から同学にて未来材料・システム研究所 未来エレクトロニクス集積研究センターを兼務し2021年から現職。
宮﨑誠一のプロフィール(名古屋大学のHPより)

大学、工学部「女子枠」急増の背景と狙い…女子のみ筆記試験撤廃の大学ものページです。ビジネスジャーナルは、企業、, の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!