三菱電機が過去に自社を退職した人向けの採用サイト「Re-MELCO~アルムナイネットワーク~」をオープンして話題となっている。一般的な日本企業では、定年など規定の理由以外で退職した人に対して接触を避ける傾向があり、そのような人材を再雇用するというケースは極めて珍しかった。しかし、最近は労働力の流動化が進んでいることもあり、この三菱電機のような取り組みが他の企業でも広まっているという。退職者を再雇用することは、企業にとってどのようなメリットがあるのか。株式会社人材研究所のシニアコンサルタント、安藤健氏に話を聞いた。
「かつて在籍していた退職者とつながりを持ち、再雇用することは『アルムナイ採用』と呼ばれ、その仕組みを導入する企業は増えています。『アルムナイ』というのは、英語の『アルムナス』の複数形で、同じ大学の卒業生の集まりなどを指しますが、近年では企業においても使われることが増えてきており、退職した元社員の人たちのネットワークを表す言葉として人事の分野でも広まっています」(安藤氏)
多くの日本の大企業では、新卒で採用し、内部で育成した社員をプロパーとして大事に育てる半面、中途退職者や他の会社に転職した者に対しては、まるで裏切り者のような扱いをするような人事担当者も多かった。
「いわゆる『メンバーシップ型雇用』の功罪の1つですね。新卒採用して各部門をローテーションしながら、その社内だけで通用するような人材を育成する。中途採用者や派遣社員とは給与面で差をつけたり、やがて幹部になるような出世コースはプロパー社員だけというような、いわば純血主義だったわけです」(同)
終身雇用制度が前提であれば、このような採用や育成なども有用だったが、労働の流動化も進んでおり対応が問われている。
「近年は『キャリア自律』というキーワードに象徴されるような、1つの会社に留まらずに、自分自身で多様なキャリアを形成していくような働き方が浸透してきています。企業としても、社員に対して自立支援を進めて、より大きな視点で働いてもらうことを意識している。その流れで、退職した人に対してもアルムナイ人材としてつながりを持ち続けて、また機会があれば戻ってきてくださいと声をかけるということが増えてきているんです」(同)
アルムナイ人材採用のメリット
背景には、日本の労働市場が抱えている深刻な人材不足という問題がある。
「以前は求人を出せばすぐに枠が埋まるような三菱電機のような大手メーカーでも、優秀な人材の採用には苦戦していると思います。転職市場が活性化していて、ライバルは国内だけでなく、海外のグローバル企業とも人材の取り合いになっている。そこで、いままでは再雇用を想定していなかったアルムナイを貴重な人材として捉え直し、人的ネットワークとして保持しておこうという施策を取っているんです」(同)
企業にとって、アルムナイ人材の採用にはどんなメリットがあるのだろうか。
「アルムナイ人材の魅力は、まず即戦力であるということ。それに加えて、社内事情やシステムを理解しているというのが大きなアドバンテージです。中途採用者がよくつまずくポイントに、会社内のインフォーマルなネットワークになかなか馴染めないということがあります。どこの誰に話を通すと、どう組織が動いていくかといった社内事情はマニュアル化も明文化もされてないことが多い。これがアルムナイ人材であれば、社風も理解してますし、ミーティングの進め方や会議室の取り方といった細かいことも全部わかっているので、仕事を素早く進めやすいんです」(同)
さらに、アルムナイ人材は退職時よりも幅広い知識と経験を有していると評価される傾向にあるという。
「退職しても、まったくの異業種に転職するという人は意外と少なくて、元の会社と同じ業界で働くことが多いんです。その場合、業界動向にも詳しく、より視野が広がっていると評価されます。1回外に出てみることで、自社も含めたサービスやプロダクトに対する客観的な視点が生まれるわけです。また自社に対しても、ここが強みであるとか、今後の課題なども冷静に判断できるということも強みになります」(同)
アルムナイ人材採用のデメリット
他業種でも、そこで得た知見を元の仕事にフィードバックすることは期待できる。では、逆にアルムナイ人材を採用するデメリットはあるだろうか。
「企業側のデメリットとしてよくあげられるのが、辞めてもすぐ戻れることを前提とすると、既存の社員たちの退職に対するハードルが下がりすぎてしまうという懸念ですね。これを防ぐためには、個々の契約期間をしっかりと決めておくことや、勤続年数によって賞与比率や退職金を変動させるなどの報酬面で求心力を高めるというのが有効です」(同)
人材を確保するために雇用の流動性を高めると、同時に社員の流出も招いてしまうというジレンマが生じる。
「ある研究によると、社員のキャリア自律を高めても、離職率が大きく上がるわけではないといわれています。自分のキャリアを本当に支援してくれる組織であれば、愛着も上がり、もっとこの会社のために働こうと考えるのです。今後は日本企業でもジョブ型雇用が増えてくる傾向にあり、会社ではなく、仕事そのものに対してコミットしていくようになっていきます。退職しても、また同じ会社に戻ってくることが、自然な働き方として日本のビジネスパーソンに浸透すれば、経営側もわざわざアルムナイを制度化しなくてもよくなるかもしれません」(同)
逆にいえば、会社に頼らず、自分自身でキャリアを積んで、有効なスキルを身に着けていかないと評価されないし、アルムナイ人材として戻ってくることも難しくなる。会社の知名度や肩書でなく、個人のバリューを高めていかなくてはいけない時代になっていくのだろう。
(文=清談社、協力=安藤健/人材研究所シニアコンサルタント)