世界の電気自動車(EV)市場のパイオニア、米テスラが苦境に立たされている。2024年1~3月期の世界販売台数は前年同期比で減少となり、今月15日には世界で従業員の10%以上を削減すると発表。背景には中国メーカーが格安のEVを強みとして世界で台頭していることがある。昨年には日本を抜いて自動車輸出で世界首位に躍り出るなど、名実ともに自動車大国への道を進み続ける中国。EVの世界的普及に伴い、近い将来、中国が世界の自動車市場のリーダーとなり支配権を握ることになるのか。業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
世界ではエンジン車からEVへのシフトが進んでいる。欧州は2035年までに原則全ての新車をEVなどのゼロエミッション車(ZEV)にするという方針を掲げており、米国政府はEVの購入者向けに最大7500ドルの税額控除を行い、一部州は将来的に全新車のZEV化を決めている。日本も35年までに全新車を電動車にする方針を掲げている。
この流れに自動車メーカー各社も対応。メルセデスベンツは30年までに全車種を完全電気自動車(BEV)にするとし(24年2月に撤回)、米ゼネラル・モーターズ(GM)は35年までに販売する全乗用車をEVにすると表明。独フォルクスワーゲン(VW)は世界におけるEVの販売比率を30年までに50%にするとしていた。
日本勢もこうした動きに同調。マツダは30年までに全販売に占めるEVの比率を25〜40%に、ホンダは40年までにEV・燃料電池自動車(FCV)販売比率をグローバルで100%に、日産自動車は欧州市場において26年度における電動車両の販売比率を98%にする方針を決定している。
この流れに乗って急成長を続けてきたのがテスラだ。2003年にマーティン・エバーハード氏とマーク・ターペニング氏が創業したテスラモーターズ(現テスラ)は、06年に2人乗りEVスポーツカーの初代「ロードスター」を発表。出資者の一人だったイーロン・マスク氏は創業者の2人を追放するかたちで08年にCEOに就任。EVへの期待の高まりを受け世界中から資金が集まり、10年にナスダックに上場。その後、「モデルS」「モデルX」「モデル3」「モデルY」を投入し、EV市場の拡大をけん引。23年時点でEVの世界シェアは1位となっている。業績も好調だ。23年は売上高が前年比19%増の967.7億ドル(約14兆円)、純利益が19%増の149.9億ドルでいずれも過去最高を記録した。
だが、足元では成長減速の兆しもみられる。23年10~12月、販売台数ベースで中国の比亜迪(BYD)に逆転され世界首位の座を奪われるなど、中国勢の急速な台頭に押されている。テスラが人員削減を行う理由について、自動車評論家の国沢光宏氏はいう。
「世界規模でEV販売が低迷するなか、さまざまなメーカーからEVが発売され競争が始まったことがあげられます。テスラ車は中国市場、およびタイなどの中国勢が輸出できる国で価格競争力を失いました。結果的に販売台数が減っているためだと考えられます」
中国勢の強みは価格の低さだ。テスラと中国メーカーがしのぎを削る中国市場では、テスラのEVは低価格モデルでも24万円元(約512万円)からなのに対し、BYDは約13万元(約278万円)から。他社からは9万元(約192万円)程度のEVも販売されている。
こうした中国勢の圧倒的な低価格を支えるのが、電池メーカーでもあるBYDや寧徳時代新能源科技(CATL)など大手車載向け電池メーカーの存在だ。加えて、中国はEVのバッテリーの生産に欠かせないレアメタルの埋蔵・生産で世界的に優位な立場にあり、レアアースの生産量も世界シェアの約7割を占めるとされる。これらのサプライチェーンに中国は強い影響力を持つため、他国の大手EVメーカーは原材料調達に苦戦している。
世界のEV市場が減速
こうした現状をみる限り、中国勢が世界のEV市場で近い将来、リーダーとなることは必至とも思われるが、自動車メーカー関係者はいう。
「まず、中国では政府が自動車メーカーに一定の比率で新エネルギー車(NEV)を製造・販売することを義務付けるなど国策としてEV普及を推進しており、今後もEVは拡大していく。一方、欧州と米国では各種補助金が削減・終了した影響で販売が急減速しており、特に米国では秋の大統領選の候補者であるトランプ氏とバイデン氏がともにEV普及に消極的な姿勢を見せており、米国でエンジン回帰が進めば世界のEV市場に減速の気配が生じる。
そして中国のEVに注目すれば、米国は現在、中国製EVに高関税をかけて補助金の対象外にするなどして中国車を締め出している。EUも欧州委員会が中国製EVについて政府から過剰な補助金が支払われていないか調査を開始しており、支払いが認められればEUは相殺関税を課すので、中国勢の欧州市場進出は事実上ストップする。
よって、もし欧米がEV推進の旗印を降ろせば世界的なEVシフトは大きく減退するので、中国勢のシェア拡大も減速する可能性が高い。中国は東南アジアや中南米の市場開拓に注力しているが、充電ステーション設置の問題やガソリンエンジン車に比べて割高な価格面のハードルがあり、これらの地域でEVがどこまで普及するかは未知数。もっとも、世界でEVシフトが止まれば中国勢とともにテスラも苦境に陥ることになる。EVはまだまだ価格が高く、販売促進のためには国の補助金が不可欠であり、補助金がなくなればEV販売は厳しくなる。そして、世界の大手自動車メーカーにとっては巨費を投じてEV開発に取り組む必要が薄れるのでメリットが大きい」
欧米ではEVシフト緩和の動き
実際に欧米ではEVシフト緩和の動きがみられる。米国のバイデン政権は22年に「インフレ抑制法(IRA)」を成立させ、一定条件を満たすクリーン自動車の新車購入者に対し1台あたり最大7500ドルの税額控除を付与するなどしてEV普及を後押ししてきたが、昨年12月、中国の関連企業などが生産した電池部品、重要鉱物を使用する車種について24年から段階的に税控除措置の対象から除外すると発表。さらに今年3月には、普通乗用車の新車販売のうち電気自動車(EV)の占める比率を32年までに67%にするとしていた目標を、35%に引き下げた。
欧州では、ドイツは昨年12月にEV購入への補助金を終了し、フランスはアジア生産のEVを補助金の対象外とした。イギリスはすでに22年に補助金を終了している。月単位でみるとEV販売が前年比マイナスとなる国も出始めており、2月8日付日本経済新聞記事によれば、欧州市場の22年から23年にかけてのEV販売の伸びは2.5ポイントであるのに対し、HV(HEVのみ)のそれは3.1ポイントとHVのほうが上回っている。また、23年の新車販売に占めるHVの比率は33.5%なのに対し、EVは14.6%にとどまっている。
「米国では秋の大統領選の結果いかんにかかわらず、EV普及は大きく減速する。カギを握るのが欧州だが、EVを推進したことにより結果的に自動車市場で中国勢の躍進を招いてしまい、警戒が高まっている。欧州の大手自動車メーカーをはじめとする産業界からの要請を受けるかたちで、なんらかの理由をつけて自国市場から中国EVを締め出すという展開も十分に考えられる。よって、もし東南アジアや中南米でEVが普及しなければ、中国のEVは自国とロシアくらいでしか広まらないで終わるだろう。
ただ、欧州がEV普及にこだわって将来的に中国EVの流通を許せば、中国勢が世界の自動車市場で一定のプレゼンスを確保し、そうなれば価格的に劣るテスラは敗北を喫することになるかもしれない」(自動車メーカー関係者)
もっとも、脱エンジン車を掲げる欧州ですら、いまだ新車販売の8割がエンジン車(ハイブリッド車含む)で、中国でもEVの比率は約3割、米国では約1割、日本では数%にすぎない。
「充電設備の少なさや割高な価格、故障時に修理費が高額になるリスクや自動車整備工場にノウハウや部品がなくて修理できないリスク、任意保険の保険料の割高さ、再販価格の低さなど、EVには課題が山積している。こうしたハードルを一つひとつクリアしていかなければならず、EV普及はまだまだ先の話」(自動車メーカー関係者)
(文=Business Journal編集部、協力=国沢光宏/自動車評論家)