日産自動車は7月25日、2022年6月から販売開始した電気自動車(BEV)の「サクラ」が受注5万台を突破したと発表した。サクラは軽自動車初のBEVとして、取り回しの良さや高い静粛性、BEVならではの力強く滑らかな加速、そして充実した先進技術などがユーザーに高く評価されている。
2022年度のBEV国内販売において、約4割をサクラが占めているそうだが、実際に2023年7月の国産BEVの販売台数を調べてみた。最も多いのが日産サクラで、3174台と圧倒的。サクラに続くのは日産「リーフ」と「アリア」の507台で、ベスト3は日産車が占めており、国産BEVのパイオニアの意地を見せている。
一方、日産勢を追うモデルはというと、サクラの兄弟車である三菱自動車「eKクロスEV」が446台、そしてレクサス「RZ」が217台と3桁の台数をキープしているが、それ以外は2桁の台数となっているのだ。
サブスクリプションであるトヨタ自動車「bZ4X」を除くと、スバル「ソルテラ」が41台。レクサス「UX300e」が31台、本田技研工業(ホンダ)「e」が20台。そしてマツダ「MX-30 EV」はわずか2台にとどまっており、日産サクラの突出ぶりが目立っている。
取り回しの良い軽BEVの日産サクラ。売れ筋の上級グレードGの車両本体価格は304万400円だが、東京都の場合、CEV補助金と呼ばれるクリーンカー自動車導入促進補助金が55万円、エコカー補助金1万5600円、そして自治体の補助金として再エネ電力導入の場合70万円、導入しなくても55万円が適用され、最大126万5600円も安く手入れることができる。
もちろん、補助金を受けると一定期間手放せないということになるが、この多額の補助金は魅力で、これにより新車セールスが好調となっているのは容易に予想がつく。しかし、このサクラの好調な新車販売にストップをかけそうな、注目のBEVが登場した。それがBYDの「ドルフィン」である。個人的には、このドルフィンの登場で低価格BEV市場は独占されるのではないかと思っている
BYDは、1995年にバッテリーメーカーとして中国の広東省深圳で創業。現在はITエレクトロニクス、自動車、新エネルギー、都市モビリティの領域で事業を世界展開しているグローバル企業だ。中国製のBEVと聞くと、アレルギー反応を起こす人も多く、ウェブ上では“燃える”などのネガティブな意見が多い。そういった人は、以下のことをご存じなのだろうか。
2019年11月にBYDとトヨタは、電気自動車の研究開発会社を合弁で設立することに合意。22年4月にはBYDとトヨタの電気自動車の研究開発合弁会社である“BYD TOYOTA EV TECHNOLOGYカンパニー有限会社”を発足させている。また、23年に行われた上海モーターショーで公開されたBEVのコンセプトカー「bZ Sport Crossover Concept」は、BYD TOYOTA EV TECHNOLOGYカンパニー有限会社、一汽トヨタ、トヨタ汽車研究開発センターが共同開発したモデルだ。
一部のメディアでは、トヨタはBEVの開発に遅れていると書かれているが、実際は全くそんなことはない。また高性能、低価格なブレードバッテリーを開発したBYDとBEVのニューモデルを共同開発しているのだ。BYDは、あの品質管理に厳しいトヨタが認めてパートナーとなっているということは覚えておいてもらいたい。
そのBYDが2023年9月20日に発表したのが、BEVコンパクトカーのドルフィンだ。車両本体価格はドルフィンが363万円。ドルフィンロングレンジが407万円。標準グレードのドルフィンは補助金を利用すれば、200万円台で手に入れることができるのだ。
まずドルフィンのボディサイズは、全長4290mm×全幅1770mm×全高1550mm。中国で販売されているモデルは全高1570mmだったが、日本の立体駐車場に対応させるため、シャークフィンアンテナの形状を変更し、全高を20mm下げた。その結果、全幅1770mm、全高1550mmとなり、都市部に多い立体駐車場に対応させているのである。
国産BEVで全幅1800mm、全高1550mmに対応しているのは、車両本体価格495万円のホンダ「e アドバンス」のみ。しかし、満充電時の走行可能距離は、ドルフィンが400km、ドルフィンロングレンジが476kmに対して、ホンダe アドバンスは259kmと価格が高い上に走行距離も短い。外観のデザインなどは別にして、スペック上では全く歯が立たないのだ。
補助金を利用すれば、ガソリンエンジンを搭載した軽自動車と同じ価格帯で手に入るという経済性で人気となっている日産サクラ。それでは、筆者が低価格BEVを席捲すると考えているBYDドルフィンと徹底的に比較してみよう。
まず、ボディサイズは日産サクラが、軽自動車規格に合わせて、全長3395mm×全幅1475mm×全高1655mm。ハイトワゴンのため全高が1655mmなので、都市部に多い立体駐車場には対応していないものの、最小回転半径は4.8mとなっている。一方のBYDドルフィンは全長4290mm×全幅1770mm×全高1550mm。3ナンバーサイズとなるが、最小回転半径は5.2mと取り回しは良い。
また、乗車定員は軽BEVの日産サクラは4名に対して、BYDドルフィンは5人。さらにラゲッジスペースの広さもBYDドルフィンに軍配が上がる。小さなボディサイズの分取り回しの良さはサクラの勝利だが、室内空間やラゲッジ広さ。そして乗車定員ではドルフィンの勝利だ。
搭載しているモーターは、サクラは最高出力64ps、最大トルク195Nmを発生するモーターをフロントに搭載している。一方のドルフィンは、最高出力95ps、最大トルク180Nmを発生するモーターを、こちらもフロントに搭載している。最大トルクと車両重量を考えると、加速性能はサクラに分がありそうだ。
そしてBEVで最も気になるのは、満充電時の走行可能距離だろう。サクラはWLTCモードで180km。エアコンなどを使用すれば150kmくらいが目安だろう。一方のドルフィンはWLTCモードで400km。エアコンなどの電装品を使用しても300km以上は走行可能だ。実にサクラの2倍以上の走行することが可能なのだ。
そして、補助金を含めた実質的な価格は東京都の場合、サクラGグレードの車両本体価格304万400円。CEV補助金55万円。エコカー補助金1万5600円。さらに自治体の補助金として再エネ電力導入の場合70万円の最大126万5600円引きの177万4800円となる。一方のドルフィンの車両本体価格は363万円。CEV補助金の65万円。そして自治体の補助金として再エネ電力導入の場合85万円となり、最大150万円引きの213万円となる。価格差約35万円で、走行距離が2倍以上ということになれば、クルマにそれほど大きなこだわりを持たない人であれば、どちらを選べば割安で便利かは容易に想像がつくはずだ。
国内市場において、人気の高いBEVは価格の安さが最もプライオリティを置かれている。しかしそんなサクラユーザーからは、軽自動車とは思えないスムーズな加速性能、安定感、そして静粛性の高い走行性能により、走行距離の短さに対する不満が出ていると聞く。それならば、ほぼ同じ価格帯で走行距離の長いドルフィンはベストバイモデルといえる。
そのほかの国産BEVを見渡しても、BYDドルフィンに価格面や走行距離で対抗できるモデルは見当たらない。安全装備も充実している。そういった現実から見て、低価格BEVにおいて国産メーカーは、かなり窮地に追い込まれているといえるだろう。
(文=萩原文博/自動車ライター)