競合他社との事前の保険料調整をめぐり昨年6月に金融庁から報告徴求命令を受けた損害保険ジャパン。同社の経営陣が自ら不正行為を行った上に証拠の隠蔽を行い、さらに金融庁への報告内容の改ざんも行っていたことがわかった。現場でも営業部門の部店の約8割で不正行為が行われていた。14日に公表された外部の弁護士からなる調査委員会の報告書により判明した。同社は今年1月、中古車販売大手ビッグモーターによる保険金不正請求問題で金融庁から業務改善命令を受け、一連の過程のなかで一部経営陣の交代も行われたが、改めて同社のコンプライアンス意識の欠如の根深さが問題視されている。
損保ジャパンでは、共同保険契約の更改の際、顧客である契約者への見積提示前に、競合他社との間で引受可能なシェアや見積保険料、保険料率、補償条件などについて調整を行うことが常態化していた。各損保会社内における保険契約の対象となる付保物件の評価額や、保険事故発生リスクの評価内容などの機微情報も共有されていた。従前からの各社の引受シェアを維持し、かつ保険料の値下げ競争を避けるのが目的であり、独占禁止法に違反する。
団体扱保険料の割引率改定時における契約者への最大割引率の提示や、官公庁などの管財保険の入札でも、このような競合他社との事前調整を行っていた。
「他の業界と異なり、損保業界では一つの案件について競合する損保会社の間で事前に情報を交換したり見積をすり合わせするということが慣習となっており、これは損保ジャパンに限ったことではない。同じ顧客企業を担当する複数の損保会社の営業担当者が飲み会などで顔を合わせて情報交換を行うことも珍しくない。各社が社内の営業情報を共有するための『損保VAN』と呼ばれるシステムまで存在し、業界として情報の共有が公に認められているともいえる。激しい競争をするより、手を組んで各社が従前の保険料やシェアを維持したほうがラクという理由だが、保険金額が大きくなるリスクの高い案件はリスクを分散するために複数の保険会社が共同で引き受ける必要があり、また引き受けてが体力のある大手保険会社数社に限られるため、契約者側もこうした保険業界の慣習を容認しているという側面もある」(大手損保会社社員)
関係者に対してメールを削除する旨の指示が周知
経営陣自らも不正行為を行っていた。20年、新型コロナウイルス感染症に関する商品改定に際して、経営陣は約款などの情報を他社と交換し、他社から入手した情報を取締役を中心とした経営陣を含むメールチェーンでやり取りしていた。独禁法に違反するリスクがあることを法務・コンプライアンス部担当取締役が指摘したところ、当時の法務部門の管理職が賛同するかたちでメールチェーンを削除し、その後も情報交換を続けていた。最終的には社内で上記メール宛先の関係者に対してメールを削除する旨の指示が周知され、調査部の管理職がメールチェーンの内容を印刷し、自宅に持ち帰り保管していた。
現・損保ジャパン社長の石川耕治氏は当時、持ち株会社SOMPOホールディングス執行役秘書部長であり、石川社長が当時、上記事実にどう関与していたのか、または関与せずとも認識していたのかが焦点となる。
金融庁への虚偽報告も行っていた。23年8月、金融庁から保険料調整行為に関して報告徴求命令を受けた際、「独占禁止法に抵触するおそれのある行為」と「独占禁止法には抵触しないと考えられるが不適切な行為」について、該当する件数を極力少なく見せようと上記区分を変更するなどして金融庁へ報告。弁護士から合理性・妥当性について再三疑義を呈されていたにもかかわらず、それを無視していた。
このほか、昨年10月、金融庁に対し、役員の不適切行為に関する認識についてのアンケート結果を提出する際、役員によるアンケートへの回答の一部を改変していた。法務・コンプライアンス部の担当者が改変していた。
「金融庁への虚偽報告に法務・コンプライアンス部が加担していたというところに、同社の脱法体質ぶりが表れている。ビッグモーター問題のときは、金融庁の甘い裁定で業務改善命令で済んだが、ここまで悪質となれば一部業務停止命令は免れないのでは。経営陣が率先して違法行為を行っていたということは、もはや自力でのガバナンス改革はのぞめない」
業界内で損保ジャパンへの不信
損保ジャパンといえば、昨年に発覚したビッグモーターの保険金水増し請求問題で同社との癒着が表面化。長年にわたりビッグモーターに出向者を出し、昨年6月頃に損保各社がビッグモーターとの取引を停止するなかで抜け駆け的に取引を再開し、同社のみ保険契約シェアを拡大させていた。大手損保3社が協調して連名でビッグモーターに改善を申入れ後、金融庁に報告を行う方向で協議を進めていたなか、損保ジャパンが突如、3社協議から離脱する旨を通知し、ビッグモーターとの取引を再開させていた。
「もともと横並び体質が強かった損保業界では、東京海上日動火災保険、三井住友海上火災保険、損保ジャパンの大手3社がリーダーとして連携してさまざまな事柄に対応してきたが、ビッグモーター問題の件もあり、業界内で損保ジャパンへの不信は根強い。解体するなり、別の企業に買収されてまったく新しい会社に生まれ変わらない限り、もうこの会社はダメだろうという声もある」(大手損保会社社員)
当サイトは202年1月11日付記事『損保ジャパン、過失割合10対0でも補償金“払い渋り”…右足切断の被害者へ冷酷な対応』で損保ジャパンの企業体質を報じていたが、以下に改めて再掲載する。
※以下、呼称・役職・数字・時間表記等は掲載当時のまま
――以下、再掲載――
損害保険ジャパン日本興亜(損保ジャパン)の交通事故対応をめぐり、昨年末ごろからインターネット上で被害者を名乗る人たちが続々と声をあげている。被害者への保険金未払い、担当者の不誠実な対応などに関する証言や、事故当時の生々しい写真なども続々と上がり、批判の声が収まる気配を見せていない。
「過失割合10対0でも支払いなし」
今回の騒動は12月12日、Twitter上で「高速道路で追突事故に遭い、相手10:0で示談交渉中、相手方保険会社の損保ジャパンから連絡があり修理費・買い替えにかかる費用も支払わないと連絡があった」との投稿が端緒になった。その後、続々と損保ジャパンの対応に関する批判が相次いでいだ。
「この間のうちのもらい事故、信号停車中に追突されたんですが車の方は全額支払い完了しましたが、治療費8回分は支払えないと言ってきました 弁護士特約を使って戦うか、治療費を自分の保険から出る一時金で賄って終焉させるか、、、。尚、相手方は損保ジャパン」(原文ママ、以下同)
「私の友人。交通事故に遭い損保ジャパンから慰謝料の提示をうけたが、不服だったようで交渉の為、理由等を記入した書類を10月末に送付したが未だ届かず。可否の連絡くらいよこせばいいのに」
相次ぐ批判に、損保ジャパンは公式Twitterアカウントを承認制に移行。一連の批判に対して「現役損保メン」と名乗る人物が発端となる投稿に対して保険業界のルールをあげたうえで、次のように反論した。
「自動車保険会社のできること・できないことはどこも同じです。なぜなら、保険会社の役割は『加害者が法的に負う範囲を補償する』立場にあるからです。
今回の件は被害者の方には申し訳ないですが、本当によくあることなのです。加害者の保険会社がどこであろうと被害者は同じ事を言われています。
これを機に損保ジャパンを悪く言っている方も大勢いらっしゃいますが、違う保険会社の口コミも確認してみてください。どこの保険会社も同じようなことがいっぱい書かれています。
なぜなら、どこの保険会社も『支払いができるもの』『支払いができないもの』は決まっており、同様の経験をされた方が多くいらっしゃるからです。自動車事故はお金が絡むこともあり、感情的になりやすいのです」
確かに自動車保険を有効活用するためには専門的な知識がいる。仮に事故に遭って混乱している状況にあっても、法律的なものの見方も必要になる。上記の反論にあるような保険業界の「常識」や「ルール」は、時代の移り変わりに沿った実情に即しているものなのだろうか。
当サイトでは昨年末から損保ジャパン広報部に今回の炎上の件で見解を問い合わせているが、返答は得られていない。
7年に及ぶ損保ジャパンとの闘い
事故に遭わなければ、知ることのない保険業界の不可解なルールがある。損保ジャパンと約7年にわたる弁護士を交えた論争をしてきた交通ジャーナリストのジャンクハンター吉田氏に自身の経験を聞いた。
【吉田氏の証言】
私が事故に遭ったのは、20007年12月、東京都千代田区岩本町の靖国通りをバイクで横断しようとしていた時でした。右方向から信号無視した乗用車が直進してきて、とっさにハンドルを切って、植え込みに頭から突っ込みました。
頭から地面に落ち、頚椎と右腕、右足を強打。東京大学付属病院に運ばれました。現場で乗用車の運転手さんは信号無視を認めていました。残業明けで、意識がもうろうとしていたとおっしゃっていました。事故後に謝罪にも来て頂きました。過失割合は10:0ということでしたが、警察は損害に関しては民事なので介入しないとのことだったので、相手側の保険会社である損保ジャパンと交渉することになったんです。
当時、私は編集プロダクションで雑誌付録のDVDの制作をしていました。バイクには仕事で使うDVDと業務用のカメラを積んでいたのですが、すべて全壊しました。首の怪我はかなり重く、右半身にマヒが出ていました。歩くのもおぼつかない状態でした。
バイク店に「安くしろ」
まず、事故で壊れたバイクの修理費の見積もりを出してほしいということだったので、10数年前から懇意にしていたバイク屋の店主にお願いしました。ところが、数日後、バイク店の店主から驚きの連絡があったのです。『保険会社の担当者が修理代の見積もりが高すぎる。安くしろと言ってきている。こんなことは長年バイク店をやっていて初めてだ』。
修理費と工賃で約38万円だったと思います。すぐに損保の担当者に電話をして事実関係を問い合わせたところ、「そんなに高いとは思わなかった」と言うんです。
そもそも38万円も出せば、新しいバイクが買えるので、改めて新車購入費用を担当者に求めたのですが、今度は「そんな予算はない」という返答でした。予算とはいったいなんのことなのか。さっぱりわかりませんでした。挙句の果てに、前出のバイク店の店主に対して、「でも吉田さんは別に車とぶつかっていないですよね。高すぎます」と言い始めたんだそうです。
副社長に言ったら「すぐ支払います」
当時、私の伯母が銀座のクラブを経営していて、そこに損保ジャパンの副社長が来ていることがわかりました。一連の担当者の対応を伯母を通じて、副社長に伝えたところ、すぐ担当者から電話がかかってきて「すぐにお支払いします」ということになりました。
現場レベルではダメで、トップダウンならすぐにお金が支払われる。いったいどういうルールと仕組みで、損害保険は回っているのかと正直疑問でした。
のちほど、交通ジャーナリストとして仕事をする中でわかったのは、保険会社の事故担当者は1円でも支払いを安くすることが個人の成果に直結するという事実です。
その後、負傷により歩けない時期が45日間あったので、仕事での移動で担当者にタクシー利用の許可をもらって使い始めました。総額で30万円くらいになったのですが、それも「使いすぎだ」として支払いを拒否されました。結局、その担当者は解雇され、新しい担当者に代わりました。それで話がスムーズにいくと思ったのが間違いでした。
「新しい事故を起こすと保険会社が引き継がれる」
事故後も右手、右足のマヒとしびれ、痛みはずっと続いていました。それでも編プロの仕事をしないと食っていけないので、病院に通うのも週2日に抑えて働いていました。それについて、新しい担当者は「通院回数が少なすぎる。吉田さんもう大丈夫なんじゃないですか」と言われました。
そして08年4月、また事故に遭ってしまいました。仕事でバイクを運転していたところ、神田神保町付近の靖国通りでタクシーの幅寄せに巻き込まれて、ガードレールとドアに挟まれてしまったんです。幸いこの時は、ほとんど大きなけがもなく、バイクやタクシーにも大きな損傷はありませんでした。
そこでタクシー側の三井住友海上保険の担当者から、またしても驚きの提案を受けることになったんです。
「損保ジャパンさんから補償を引き継ぐことになったので、よろしくお願いします」
今回の事故ではほとんど損害は受けていません。どうして三井住友が前の事故の補償も請け負うことになるのか尋ねたところ、『新しい事故が起こった際が、保険業界のルールとしてそうなります』との説明でした。
納得がいかなかったので、何度もお願いし、結局、損保ジャパンに引き続き事故の補償を求めていくことになりました。
休業補償は自営業者には出せない
自分自身でカメラを回せなかったので、代わりのカメラマンを雇ったり、事故で没になってしまった作品などに関する見積もりを取引先に出してもらいました。おおよそ500万円くらいになりました。これらの損害に関して、休業補償を求めようとしたところ、「雇用者なら出せますが、フリーランスや自営業者には出せません」と断られました。理由を聞くと「補償できないルールになっています」との回答でした。
もはやどうしようもなくなり、損害賠償というかたちで補償を求めることになりました。そうしたら損保の担当者は「加害者と相談する」と話し、その2~3週後、同社の顧問弁護士から「私を訴える」と連絡がきたのです。まるで同社が加害者をけしかけて、訴えたように見えます。私も知人の弁護士を立てることになりました。
その後、右半身のマヒがひどくなり、後遺障害が出始めていることを損保に訴えたのですが、損保は自社指定病院での診断を要請してきました。その結果、後遺障害はないと診断されました。
2015年まで弁護士を通じて話し合いが行われました。その間、約200万円の費用がかかりました。最終的に裁判所から、「損保ジャパンが和解案を提示してきた」と連絡があり、悩んだ末にこれを受け入れました。和解案は損保ジャパンが損害賠償として250万円を支払う。そして、後遺症などが出ても損保ジャパンは一切関係ないというものでした。和解案を受けるということは、民事訴訟では一定の勝利と見られます。今から考えれば、あれでよかったのかと考えさせられます。
ちゃんと法廷で戦って、判例として結果を残すべきだったのかもしれません。事故から11年後の2018年、ずっと不調だった右足の神経が壊死してしまい、切断しました。今は義足で生活しています。あとに弁護士に聞いた話ですが、保険会社としては、どのようなかたちになるにせよ、この件が判例として残ることを強く恐れていたということです。
【以上、吉田氏の証言】
交通事故時の損害保険会社の対応は、どのようなあり方が正しいのか。法律的な見解を山岸純法律事務所の山岸純弁護士に聞いた。
山岸弁護士の見解
交通事故の被害者側弁護活動においては、大抵の場合、(加害者)保険会社と示談交渉をすることになります。ここで、一概には言えませんが、確かに損保ジャパンは、比較的、支払が“渋い”というイメージがあります。
もちろん、他の損保会社と同様に損保ジャパンの担当者が過去の同様事例を勉強・研究し、不当な請求は確実に排除し必要な範囲において保険金を支払うという損保会社においてきわめてスタンダードなスタンスをとっているのであれば、なんの非難も受けようがありません。
しかし、 交通事故の被害者側弁護活動を長年やっていると、損保会社によって「気前がいい」「手厚く支払ってくれやすい」「支払いが“渋井”」「難くせつけて、結局支払わない」などといった態度の違いはあり、 交通事故の被害者側弁護活動に 数多く携わる弁護士達の意見としては、損保ジャパンは後のほうの態度をとる場合が多いとされています。
ただ、今回の“炎上”について、可能性の問題として考えられるのは、交通事故の保険処理等は一般の方にはとても難しく(我々弁護士も、毎回、手続きを調べながらやっています)、「相手方の保険会社の説明がうまく理解できず、ただ、『払わない』という点だけが印象に残ってしまった」という場合が多いのではないでしょうか。
今回の真相はわかりませんが、私は少なくとも以下の点を強調したいと思います。すなわち、多くの損保会社は著名な俳優を起用するなどしておカネをかけ、立派なCMを作り保険を販売しています。その中で「事故の際もご安心ください」などと事故対応の手厚さを強調していますが、事故は、自損・単独事故を除き、こちら側(被害者、加害者)と相手方(加害者、被害者)があります。
このため、「自分のところの被保険者」に対して手厚いだけではなく、 そもそも、自動車損害保険とは、もともとは相手方の損害を補償するためのものなわけですから、 相手方のケアに対しても手厚いことをあわせてアピールすべきと考えます。
(文=Business Journal編集部)