台湾・鴻海がシャープ買収!?　液晶技術供与の裏側

　シャープの12年3月期決算は2兆5000億円の売り上げに対して、赤字は上述の通り3800億円の見込み。一方、鴻海の11年12月期は米アップル向けのiPhoneやiPad受託製造が大きく伸びたことから売上高は前期比17.0％増の9兆7126億円、最終損益は同3.3％増2159億円の黒字だ。提携発表時点（3月27日）の時価総額はシャープが5497億円。鴻海は3兆2200億円（1ドル83円で換算）で、シャープの5.8倍。まったく勝負にならない。

鴻海の次なる照準はどこにある？

　しかし鴻海精密工業といっても、日本には馴染みはない。一体、どんな会社なのか？

　同社は1974年、中国・山西省をルーツに持つ外省人である郭台銘（61）董事長が10名の社員で創業した。白黒テレビのチャンネルのつまみのプラスチック部品を作ることから始めた。90年代以降、中国に巨大な工場群と60万人に上る労働者を抱え、世界中の電機メーカーから製品のOEM生産（相手先ブランドの生産）を大量に引き受けて急成長した。成功した原因は、作る製品はなんでもOKだったが、世界トップか2位メーカーの仕事しか引き受けなかったことだ。かつての有名企業でも、現在は世界トップクラスでないメーカーの発注には見向きもしなかった。近年は米アップルのiPhone・iPadの製造・組み立てが売り上げの4割を占めるといわれており、米モルガン・スタンレーによると、12年10～12月期にアップル向けの売り上げが50％を超える見通しだ。

　自社ブランドを持たず、OEM生産という”黒子”に徹してガリバー企業になった鴻海が、唯一、食い込めなかったのが薄型テレビの事業だ。圧倒的な世界シェアを誇る韓国サムスン電子は、基本的に生産は内製。部品から完成品まですべて自前主義である。

　鴻海が照準を定めているのは、アップルが開発中のアップル・テレビである。売り出されれば、世界的な大ヒットは確実。iPhone・iPadと同様に鴻海が大半の生産を受託する可能性が高い。だが、同社にはアップルが要求する液晶パネル技術がない。世界の首位級のメーカーしか相手にしないはずの同社がシャープを獲りにいった理由は、この一点にある。シャープが持つ超高精細の液晶パネル技術、イグゾーを狙ってM&Aを仕掛けたのだ。

　だから、鴻海が最初から狙っていたのは、シャープの本体ではなく、世界最大の液晶パネル工場の堺工場だった。同社は堺工場の運営会社、SDPの筆頭株主になることで、初期の目的を達したといえる。第10世代の最新鋭工場を手に入れたことで、液晶でもサムスン電子に対抗できる先端技術をゲットしたことになる。堺工場からの鴻海へのパネル供給は10月から本格的に始まる。

　鴻海はシャープの経営の表に立つことはない。だが、裏で経営を仕切るのは同社だ。北米で第2位のシェアを持つ低価格テレビメーカーの米ビジオ（もともとはベンチャー企業だ）の大株主で、製造受託しているのも同社だ。08年に日本に上陸したビジオは、42型液晶テレビを9万8000円の破格の値段で販売して話題をさらった。ビジオは現在、鴻海のコントロール下にあるといわれている。

　シャープもビジオと同じ運命をたどるだろう。今でも1日15時間は働くという鴻海の郭董事長は、実にしたたかな経営者だ。彼の胸のうちを勝手に斟酌（しんしゃく）するとこうなる。SDPはシャープとソニーの合弁会社だが、台湾企業が出資することで両社の合弁事業は解消される。ソニーは保有している株式（出資比率7％）の買い取りをシャープに請求できる。郭氏が、ソニーの保有するSDP株式を取得する。凸版印刷と大日本印刷の保有分も買い取り、出資比率を60％内外に高めて、まず液晶の主力工場を完全に押さえる。次のステップとしてシャープ本体の株式の33.33％を手にする戦略だ。

　先端技術の流出の懸念について、4月1日に就任した奥田隆司社長（58）は「設計はシャープ本体でやる。特許もわれわれが保有するので、心配ない」と一蹴したが、堺工場が液晶技術ごと鴻海に呑み込まれるのは時間の問題だ。郭氏は裏でシャープの経営を意のままに操る。それが”黒子企業”のやり方なのである。
（文＝編集部）