「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
多くの会社で新年度のスタートとなった4月は、正月と同様に新たな目標を抱く時期だ。この機会にスーツや靴、バッグなど、身の回りの品を新しく替えた人もいるだろう。
バッグで、ビジネスパーソンから高い支持を受けるメーカーに「吉田カバン」【編註:正式名称は、「吉」の「士」の部分が「土」】がある。同社が生み出す人気商品の舞台裏を探っていきたい。
吉田カバンの2大ブランドが「PORTER(ポーター)」と「LUGGAGE LABEL(ラゲッジ レーベル)」だ。これらブランドの中に200以上のシリーズがあり、シリーズの中に数多くの個別商品がある。筆者の周りでも、深い愛着をもって、ポーターを何度も買い替える人がいれば、「何気なく買ったけど、そういえば吉田カバンだった」という人も目立つ。
実は、いずれも超ロングセラーブランドだ。ポーターが発表されたのは1962年なので、今年で52年。84年発表のラゲッジレーベルは今年で30年となる。
ファッションブランドで、これほど長く支持される理由はどこにあるのだろうか?
●「メイド・イン・ジャパン」のモノづくりを徹底する
筆者は、さまざまな業界で消費者意識の変化を調べているが、ファッションに関して、この10年で起きた変化の1つに「中国製が受け入れられている」ことがある。人気ブランドの製作メーカー社長もこう証言する。
「当社も最近は中国の工場で生産している。数年前まで国内の工場で多く生産し、日本製を強調したが、残念ながら売れゆきには影響しなかった」
世界の工場となった1990年代以降、中国の品質レベルは大きく向上し、ユニクロに代表されるファストファッション(低価格で着やすい)人気も手伝い、中国製は圧倒的多数となった。もはや「中国製を避けていたら、コーディネートの幅が限られる」時代だ。
だが、吉田カバンは徹底して「日本製」にこだわる。それも並のこだわり方ではない。バッグに使う素材こそ、世界各国から部材メーカーが調達したものを使うが、その後の工程である「裁断」から「仕上げ」に至る一切の作業を日本国内で行うのだ。
アパレルは、最終工程をどの国で行ったかで「〇〇製」が決められる。衣服とバッグは少し異なるが、製造の最初から最後まで徹底して日本製にこだわる人気ブランドは珍しい。
もちろん、こだわりには理由がある。「日本の職人を大切にしたい」という思いからだ。吉田カバン(社名は株式会社吉田)の創業は1935年。来年で80周年を迎える老舗メーカーだ。創業者の吉田吉蔵氏(1906~94年)は、たった2本の針で大型トランクまでつくってしまう卓越した職人でもあった。いい職人は職人の出来を知る。生前の吉蔵氏は「日本の職人を大切にして絶やさんでくれ」と話していたという。