創業者の“遺言”を受け継ぎ、吉田カバンの社是は「一針入魂」。そして社内に工場はない。生産は厳選した協力工場に委託しており、同社の商品はすべて手作業によるものだ。バッグの製作は、社内の社員デザイナーが外部の職人と1対1で向き合って進める。
商品企画はデザイナーが立案し、それを基に工程によって複数の職人が関わるのが一般的。例えば、革のバッグはデザイン企画後に、素材となる革を探す→革をなめす→ショルダー部分などに使う金具を選ぶ→裏地などに使う生地を選ぶ→ファスナー、テープ、ロゴを選ぶ→裁断→縫製――といった作業があるからだ(実際は、もっと細かく作業が分かれる)。
素材やサイズによって異なるが、価格は1~3万円台が主流となっている。
●「頑丈さ」「壊れにくさ」で高い評価
同社の日本製バッグは多くの点から支持される。中でも「頑丈さ」は、最もビジネスパーソンの支持が高い。仕事で使う機器や資料を詰め込むので、ショルダーバッグなら取っ手の部分が簡単に壊れては困る。同社に寄せられる声の中には「吉田カバンなのに壊れた」というのもある。モノなので時には壊れることもあるが、そこまで信頼されている証しといえよう。
それを支えるのが日本の職人なのだ。同社は、過去に販売した同社製品の修理にも応じているが、この修理も職人が行う。ベテラン職人に話を聞いた際、次にように話していた。
「自分のつくったカバンでないこともあるので、はっきり言って修理には手間がかかります。でも、修理してまで使いたいというお客さんの気持ちはうれしいですから、やらないわけにはいきません。それに実際に修理すると、製作時には気づかなかった商品の弱点がわかることもあり、勉強になります」
デザイナーと職人との関係も、それぞれの領域に対して主張し合う時もある。といっても発注側(吉田カバン)が優位になる関係ではないという。同社では必ず「職人さん」とさん付けで呼ぶ。新人デザイナーには、最初に「デザイナーなんて偉くもなんともない。原材料を調達する部材屋さんや裁断・縫製する職人さんがいて、初めて成り立つ仕事だ」と伝える。
筆者も10年以上愛用した同社の商品を修理依頼したことがある。限定モデルだったので、同じ素材が手に入らなかったが、できる限りで補強してくれ、誠実な企業姿勢を感じた。
取材者として見た吉田カバンは、少し「頑固」な会社だ。融通が利かないのではなく、こだわる部分はこだわるという意味。この頑固さもモノづくりにつながるのだろう。
●頑固でも「新しい」
そうはいっても、バッグはファッションアイテムの1つだ。いくら頑丈でも、武骨だったら支持も低くなる。ファッション性でも吉田カバンが支持される理由を考えてみよう。
80年代にラゲッジレーベルの赤地や青地に白い「×」のようなマークが、当時の若者の間で大人気となった。通称「赤バッテン」「青バッテン」と呼ばれ、バッグ売り場の目立つ場所に並んでいたので、現在の40代以上には手に入れた人も多いはずだ。
ビジネスパーソンに人気のブリーフケースでは、ポーターの「タンカー」シリーズが昨年、限定で生地に迷彩色を取り入れた。タンカーは、83年に米軍フライトジャケットとして人気を呼びつつあった「MA-1」の生地をいち早く取り入れ、大人気となった。
キーワードは「新しさ」だ。ただし「流行」ではない。トレンドとは向き合うが、頑固な会社ゆえ、安易には流行に乗らない。ポリシーを守りつつ、ブランドに合ったファッション性を取り入れることに成功している例といえるだろう。
ビジネス現場でも、こだわりは大切だが、ただ頑固なだけでは周囲の支持は得られない。その中で「これは」と思う部分を受け入れる柔軟性をどう持つかが重要――今回感じた吉田カバンの姿勢に通じる話だ。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト)