ANAの新株発行は最大で10億株。増資後の発行済み株式数は約4割増加する。理論上は、1株利益が4割近く希薄化するのだから株価も4割程度下がっていいわけだ。
7月18日、発行価格を1株当り184円に決めた。手数料などを除いた調達額は最大約1751億円になる。当初は2110億円の資金調達を予定していたが、株価下落で調達額が目減りした。それでも株価の下落率は、当初、予想されていたよりも小さかった。
新株発行の決議前日(7月2日)の終値は224円。発行価格の決定日(7月18日)の終値は192円。下落率は14.2%。1株当りの利益が4割近く減少(これを希薄化率という)するのに下落率は、相対的に小幅にとどまった。
株価の大幅下落を免れた最大の要因は、金融庁が11年末に導入した規制の強化策だ。「レギュレーションM」と呼ばれるこの規制は、増資発表後から発行条件決定日までの間に空売りした投資家が増資企業の新株を取得することを禁じた。
増資発表前後に大量の空売りを仕掛けて、株価を下げ、増資に応募した後、割り当てられた新株を売って利益を上げるという、ヘッジファンドが得意とする錬金術が封じられたわけである。
だが、副作用は大きかった。ヘッジファンドは撃退したが、海外の投資家が逃げた。ANAの外国人の持ち株比率は、現在5.8%にとどまるため、発行する新株の3割を海外投資家に売り出す予定だった。だが、海外で募集したのは14%。当初、計画通りの成果をあげたとは言い難い。
7月23日には一時、前週末比6円(3%)安の177円まで下げ、新株の割り当て価格(184円)をあっさりと割り込んでしまった。データが残る1980円以降(の記録)で、連日、最安値を更新。株価は7月26日も180円(5円安)とまったく反発力に乏しい。最強の「営業力」を誇る野村がついていながら、このていたらくぶりである。
そもそもANAについては「公募増資の必要性に疑問を抱く投資家は多い」との声がある。787型機などの設備投資は年間2000億円規模。同社の2013年3月期連結営業利益は過去最高を更新する見通しで、営業キャッシュフローで最新鋭機を購入する資金は賄えるからだ。「既存の株主に損をさせる大型増資はやるべきでなかった」と個人投資家の不信はくすぶる。
ANAがこの時期に増資を決めたのは、9月以降に、日本航空(JAL)の再上場や日本たばこ産業(JT)株式の売り出しを控え、「株式市場の需給が逼迫する前に増資した方がよい、という主幹事の野村證券のアドバイスが大きかった」(外資系証券会社)とされる。渦中の野村を主幹事にして、操縦を任せたANA、伊東信一郎社長に誤算があったのではなかろうか。
(文=編集部)