今秋、富士フイルムホールディングス(以下、富士フイルム)が頭皮ケア市場に進出する。同社は6月30日、ミドル女性向け頭皮ケア剤「アスタリフト スカルプフォーカス」を新発売、同市場に進出すると発表した。発売するのは頭皮用美容液、シャンプー、コンディショナーの3品目。
富士フイルムは「抜け毛、薄毛など毛髪の加齢現象に悩むミドル女性が増え、肌と同様に髪も美しくありたいとの意識が高まっている。このため、女性向け頭皮ケア市場は2004年から毎年約3倍のペースで成長しており、化粧品市場の中で最も伸びている分野」と、頭皮ケア市場進出の理由を説明している。
富士フイルムが化粧品市場に進出した06年当時、化粧品業界は驚くと同時に、異業種企業がどこまでシェアを拡大させることができるのか興味深く見ていたが、同社が07年に発売したスキンケア化粧品「アスタリフト」がヒットし、現在ではスキンケア化粧品分野で業界トップ5に入る商品に育っている。同社関係者は「肌と髪の両方を揃えることで、トータルなスキンケアが可能になる。これを強みにスキンケア化粧品のトップメーカーを目指す」と、頭皮ケア市場進出の目的を明かす。
富士フイルムは、スキンケア化粧品をはじめ液晶用フィルム、医薬品など、かつて主力だった写真フィルムから派生した技術をうまく事業化につなげ、事業構造転換に成功したまれなケースとして取り上げられることが多い。既存事業の行き詰まりに悩みながら、そこから脱却できない企業が多い中、同社はどうして事業構造転換に成功できたのだろうか。
●看板事業の売上高比率が54%から1%未満へ
「トヨタは車がなくなったらどうなるのか、新日鉄は鉄がなくなったらどうなるのか。我々はそれほどの危機に直面しているのがわからないのか」。03年、東京・西麻布の富士写真フイルム本社会議室に、古森重隆社長(当時、現会長)の声が響き渡った。同社にとって写真フィルムは祖業であり、看板事業だった。同事業がピークだった00年度の売上高は全体の約20%を占め、写真フィルムが売れれば、撮影した写真をプリントするための現像液や印画紙も売れる。この一石三鳥、四鳥にもなる同事業は、その関連事業を含めると売り上げ全体の54%、営業利益全体の70%近くを稼ぎ出す金のなる木だった。これが消滅の危機に曝されていた。原因は「デジタル化」の波だった。
1996年頃から本格的普及が始まったデジタルカメラの影響で、写真フィルムの需要は世界的規模で00年をピークに年率10%超のペースで下落し、同社の写真フィルム売上高も毎年200億円のペースで減少。その結果、11年度の関連事業の売上高は全体の1%未満となり、ピークの00年度と比べると約2600億円が消滅した格好になった。
00年、社長に就任したばかりの当時の古森氏にとって、それは経営トップとして身の毛がよだつような危機感だったに違いない。「社長に就任した年から2―3年で写真フィルム市場は約10%縮小した。祖業なのでなんとか生き残る道はないかと色々シミュレーションしてみたが、市場縮小は避けようがない。このまま写真フィルムにしがみついていたら、会社が早晩立ち行かなくなるのは明らかだった」(13年11月24日付「東洋経済オンライン」記事)と、古森会長は振り返っている。