イー・アクセスをKDDIに奪われるのは、ソフトバンクにとって死活問題だった。KDDIに買収されればイー・アクセスから1.7メガヘルツの電波を借りられなくなる。iPhone5の販売競争で後手に回るのは確実だ。
楽天もイー・アクセス争奪戦に参戦し、一時は、最有力候補に浮上した。KDDIがイー・アクセスを買収すれば、電波の両取りに総務省が難色を示すことが考えられたが、楽天による新規参入ならそれはない。競争を促す観点からもベターな選択とみられていた。
孫社長は勝負に出た。大逆転の決め手は、イー・アクセス株の高値買い取りである。イー・アクセスに対し、時価の3.5倍に当たる1株5万2000円を提示。筆頭株主のゴールドマン・サックスの条件を飲み、株式を100%買い取ることにしたのだ。
株式取得額1802億円と純有利子負債(ゴールドマン・サックスからの借金)1849億円(6月末)の合計3651億円が、実際の買収価格になる。買収価格が高すぎるという見方に対して、孫社長は「買収によるシナジー効果は3600億円にのぼる」との試算を示し「決して高くない」と強調した。本当のところは、KDDIや楽天の買収を阻止するために、破格の高値を提示した、ということだ。KDDIは「トンビに油揚げをさらわれた」(同社首脳)格好だ。
イー・アクセスのトレードでの最大の受益者は、投融資を全額回収できるゴールドマン・サックスである。イー・アクセスのエリック・ガン社長は、ゴールドマン出身。ゴールドマンは、イー・アクセスの株式の35.95%(12年3月末時点)をSPC(特別目的会社)で保有し、基地局を整備するための資金として3600億円を融資していた。イー・アクセスは、ゴールドマンの会社というのが実態だった。
イー・アクセス側の財務アドバイザーを務めたのもゴールドマンだ。ゴールドマンがイグジッド(投資金の回収)のために仕組んだのが、イー・アクセスの高値での売却だった。ゴールドマン・サックスの掌の上で、ソフトバンク、KDDI、楽天が踊ったという構図が見えてくる。
イー・アクセスは、多くの通信事業者に自社の通信網を貸し出す事業を収益の柱の1つにしている。ソフトバンクの完全子会社になると、顧客から反発が起こることが予想される。