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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシックオーケストラ、客が想像もつかないコンサートの“楽屋事情”

文=篠崎靖男/指揮者
クラシックオーケストラ、客が想像もつかないコンサートの楽屋事情の画像1
「Getty Images」より

 先日、指揮者が3人出演する、特別なコンサートで指揮をしました。通常、指揮者同士が共演することはなかなかありません。というのは、器楽奏者や歌手と違い、ひとつのコンサートで指揮者は1人しか必要ではないからです。そのため「久しぶりに、学生時代からの指揮者仲間と仕事をしたよ」ということはなく、もし今回のように特別な企画で複数の指揮者が参加したとしても、ほかの指揮者が指揮を振っているときは、僕は楽屋で自分の出番を待っているか、客席で聴いているかどちらです。

 しかし、直前に指揮をしたばかりの指揮者が次の曲で横に座っていたら、観客の方はかなり驚かれると思うので、あくまでもコッソリと客席に忍び込むのです。

 そういえば、ピアニストもよく似た職業です。ソロリサイタルや、オーケストラとの共演は、ひとりぼっちです。ほかの楽器との共演も、オーケストラのピアノパートを弾くのも、通常はひとりです。それでも、2人でピアノを弾く「連弾」というジャンルがあり、2人のピアニストが一緒に演奏する、つまり“一緒に仕事をする機会”があるので、うらやましく思います。

 指揮者は、数曲の例外を除いては、大勢の楽員と観客に囲まれてはいますが、指揮台の上では、ひとりで仕事をする孤独な仕事です。たとえば、小さな地方都市で仕事をしているとすれば、おそらくその町に指揮者は僕だけということになるでしょう。

 冒頭で紹介した「3人の指揮者が出演するコンサート」も、やはり3人が一緒にステージに上がることはなく、順番に1曲ずつ指揮をするコンサートでした。オーケストラはもちろん同じですが、指揮者だけが代わっていくわけです。

 通常は個室を与えられる指揮者ではありますが、当日の会場は楽屋数が少なく、この3人が相部屋となりました。僕は、ほかの2人より遅れて楽屋に入って驚きました。あまりにも汚かったのです。

 楽屋というのは、荷物を置く、休憩する、食事をする、着替える、化粧をする、リハーサルでうまくいかなかったところを真面目に話し合う、指揮者の悪口を言うなど、いろいろなことが行われる場所です。もちろん、男女で別の部屋が用意されるのは言うまでもありませんが、個室が与えられるコンサートマスターを除けば、たとえアメリカのオーケストラのトップ奏者で年収が3000万円を超えていようが、まだオーディションに受かったばかりで大学を出たての若手楽員であろうが、一緒の大部屋に入ることになります。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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