槇原敬之、名曲「世界に一つだけの花」を生んだ精神的・肉体的苦痛と前回逮捕時の悲哀
「『槇原敬之』元恋人が『愛憎』告白!『新しい男の出現で私は警察に…』」というタイトルの記事が「週刊新潮」(2月27日号、新潮社)に掲載された。
この記事では、槇原容疑者と20年以上一緒に暮らし、個人事務所の社長も務めていた元恋人の男性が証言している。元恋人は、槇原容疑者に新しい彼氏ができたため、2018年3月に「だから別れよう」と言われたうえ、社長も解雇され、「荷物まとめて出て行け」と槇原容疑者からすごまれたという。
要するに、槇原容疑者に新しい恋人ができたせいで、この元恋人は突然捨てられたわけである。それが受け入れられなかったのか、その4日後に元恋人は覚醒剤を使用して、職質を受け、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されたのだ。
こうした経緯を知ると、槇原容疑者が2年前に覚醒剤と危険ドラッグの「ラッシュ」を所持していた容疑で今回逮捕された背景には、この元恋人の捜査協力が大きく関与しているのではないかと疑わずにはいられない。元恋人は「槇原容疑者と一緒にたびたび覚せい剤を使っていた」と話しているようだが、こういうことを警察に話し、それが今回の逮捕につながったのは、強い嫉妬があるからだろう。
嫉妬とは、大切な対象を失うことへの不安と怒りにほかならない。この嫉妬がいかに激しいかを、ゲイの方から聞いたことがある。その一因に、絶対数が少ない中でパートナーを探さなければならず、一度失うと次のパートナーを探すのが大変ということがあると私は思う。
しかも、ミッツ・マングローブさんによれば、「(新宿)2丁目では、マッキーは神、アイコン」だったそうなので、そういうパートナーを失うことによって元恋人がいかに強い喪失感にさいなまれたかは容易に想像がつく。
それだけではない。ヒットメーカーである槇原容疑者は元恋人にとって金づるでもあったに違いない。槇原容疑者と別れることは、経済的基盤を失うことでもあるので、強い怒りが芽生えたはずだ。怒りはしばしば復讐願望を伴う。相手の不幸を願う気持ち、いやそれどころか栄光の座から引きずりおろして不幸にしたい気持ちが強くなり、それが元恋人の捜査協力の原動力になったのではないか。
悲哀こそ芸術の原動力
槇原容疑者の簡易尿鑑定の結果は陰性だった。本人も「僕は長いこと薬はやっていません」と供述している。この供述をどこまで信用できるか疑問だが、元恋人自身が「自分が新宿で知人から覚醒剤を調達していました」(「新潮」)と話しているので、槇原容疑者は調達役だった元恋人と別れて以降、少なくとも覚醒剤は使用していないのではないか。
むしろ、今回の逮捕で明るみに出た元恋人との愛憎劇、そして拘留生活で味わった悲哀を糧にして、「世界に一つだけの話」のような名曲を再び書けるようになることを私は期待している。
というのも、優れた芸術作品を生み出すのは悲哀だからである。『幸福な王子』『サロメ』などで有名な19世紀のイギリスの作家、オスカー・ワイルドは、同性愛のかどで投獄されたのだが、牢獄から同性愛の相手にあてて書いた書簡集である『獄中記』の中で次のように述べている。
「私は悲哀が人間の感得しうる最高の情緒であるので、それが、あらゆる偉大なる芸術の典型であり、同時に試金石でもあることを、いまにして知った」
これは名言だ。ある作品が、ただ楽しめるだけでなく、心の糧となるだけの深みをそなえているか否かは、作者がどれだけ身体的・精神的な苦悩を経験したか、どれだけ不幸な体験をしたかによるところが大きい。「世界に一つだけの花」が多くの人を勇気づけ、国民的ヒット曲になりえたのは、槇原容疑者が1999年の最初の逮捕・起訴で味わった悲哀のおかげと言っても過言ではあるまい。
マッキー、どんなときも私はあなたが作る曲を心待ちにしています。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
オスカー・ワイルド『獄中記』田部重治訳 角川文庫ソフィア